保育園における「食育」の推進は、保育所保育指針にも記載された大切な役割。皆さんの保育園でも、さまざまな食育の取り組みを実践されていることでしょう。
しかし、食育の取り組みについて「いったいどんなことをすればよいのだろう」「食育ってなんだか難しそう……」と考えている保育士さんも、多いのではないでしょうか。
保育士さんが無理なく、そして楽しく日々の保育に取り入れられる、食育の実践ポイントをご紹介していく、シリーズ「しあわせ食育教室」。
第1回は、管理栄養士として、主に子育て中のママに向けた活動を行っている隅 弘子さんに、食育とはどんなものなのか、また保育園における食育の役割について、お話をうかがいました。
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*シリーズ「しあわせ食育教室」は保育園における食育実践のポイントや、日々の保育に楽しく「食」を取り入れるためのヒントをご紹介する、連載企画です。
子どもの発達や心理にあわせた食支援を……隅弘子さん
今回は、管理栄養士・こども成育インストラクターの隅 弘子(すみ ひろこ)さんに、保育園における食育の意義や、保育士さんが担うべき役割について、お話をうかがいました。
隅 弘子(すみ ひろこ)さんについて
・管理栄養士/こども成育インストラクター食専科ディレクター
・母子栄養指導士
相模女子大学学芸学部食物学科管理栄養士専攻を卒業後、集団給食・FC展開支援・外食産業、グルメ探訪などの業務に携わる。30才を前に、より食のことを本質的に学びたいと本格的に学び直す。
その後、自身の妊娠・出産を機に「子育てを自己のキャリアとして積むことができる」と確信。2013年より、「ママの笑顔がいっぱい(ful)な世の中になりますように」という思いから、mamaful(ママフル)を立ち上げる。
現在はフリーランスの管理栄養士として、セミナーでの講演や、子育て支援施設での栄養相談を担当するほか、母と子の食事に関して、アドバイスできる人材を養成するための講座において、講師を務めている。
- 【主な講座】
- 一般社団法人 日本こども成育協会
・こども成育インストラクター - 一般社団法人 母子栄養協会
・妊産婦食アドバイザー
・幼児食アドバイザー
・学童食アドバイザー 他
「毎日食べる」ただそれだけでも”食育”になる
食育の基本は、まずは「毎日食べること」です。
「食育」というと、「特別なことをしなくてはいけない」「食について学ばなくてはならない」と考えてしまいがちですが、じつはもっとシンプル。
毎日食べることで、子どもたちが「食べる記憶」や「食べた記憶」を蓄積していくこと、それが、乳幼児期における食育そのものなんです。
食育は決して難しいことではない!
食育には、決まった手順や方法はありません。また「これをしなくてはいけない」というルールもありません。
毎日の生活のリズムにある「当たり前」の行為こそが、「食べること」であり、食育の前提であると捉えてみましょう。
今まで食育について、「園では〇〇をしなければならない」などと難しく考えていた方も、「〇〇してみましょう」というように、もっと身近に、シンプルに考えてみれば、日々の保育のなかで無理なく、より楽しく食育に取り組めるのではないでしょうか。
「食べさせる」から「食べられる」へ……乳幼児期の食の意義
生まれて間もない赤ちゃんは、まだ母乳やミルクしか飲めませんよね。最初は、お口から流れ込む乳汁を、そのまま飲む状態ですが、やがて歯が生えはじめ、食べものをキャッチできるようになります。
体を成長させるためには、乳汁のみでは足らず、自分で栄養を摂り入れるために、「食行動」をしなくては生きていけなくなります。
そんな子どもたちに、お父さんやお母さん、保育士さんなどの大人が、食べものを「食べさせる」こと、そして、いつしか子どもたち自身の力で「食べられる」ようになること……それが乳幼児期の食の支援においては、もっとも基本的で重要な部分です。
この時期に「どんなものがおいしいのかな」「どんな味がするのかな」「なにを食べたらおなかが痛くなっちゃうのかな」などと、食の体験を積み重ねることで、大人になったとき、「なにを食べるか」という選択の土台が作られていきます。
だからこそ、乳幼児期における食は、とても大切なんです。
まずは「楽しい食の記憶」をつくってあげること
では、乳幼児期の食育で重視すべきこととは、どんなことなのでしょうか。
乳幼児期の食育において、とくに重要なのは、「食べるって楽しい!」と思える体験を積み重ねてあげることでしょう。
食事の栄養を考えることも、もちろん大切なことではありますが、じつは「どんなものを食べたか」よりも、「どんな環境で食べたか」が食の体験の豊かさを左右するものです。
まずは「どのような声掛けをするか」「どんな雰囲気で食べさせるか」というように、子どもたちの食の環境に、注目してあげることが大切ですね。
離乳食期は「なかなか食が進まない」「せっかく作ったのに食べてくれない」など、保護者の悩みが多い時期でもあります。しかし、それでお父さん・お母さんがイライラしてしまっては、食事の時間が子ども・保護者双方にとって、苦痛になってしまいます。
「楽しく食事ができる環境」を整えてあげるだけでも、案外、子どもたちが食べてくれるようになることも多いもの。
保育士さんは、「楽しい雰囲気をつくる」という視点から、保育時に実践している支援の方法などを活かして、家庭に対しても「こうしてみてはいかがでしょうか?」という提案ができるとよいですね。
特別な取り組みをしなくても、毎日に取り入れられる!
食育は、特別な取り組みやイベントを実施しなくても、毎日の保育のなかに、自然と取り入れることができるものです。
毎日何気なく行っている、食事の際の声掛けも食育ですし、食べものが登場する絵本の読み聞かせや、おままごとのような遊びだって、食育になります。
「おいしく、楽しく食べるためにはどうしたらよいか」を保育士さんが考えて、日々工夫すること、それが食育につながるんです。
「共食」は保育園における食育の強み
保育園においては、「みんなで一緒に食べる」ことだって、じつは立派な食育。
今、ひとりだけで食事をとる「孤食(こしょく)」が、社会的に問題になっていますよね。
現代においては、ひとりっ子の家庭も多く、核家族世帯の割合もずいぶんと増えました。そのため、家庭のなかで「みんなで食べる」、つまり「共食(きょうしょく)」の経験がなかなか得られない環境にあります。
それに対して保育園では、同じような月齢の子がテーブルを囲み、集団のなかで食事をします。
「みんなで食べるとおいしいね!」という「共食」の体験ができるということは、保育園の食育における大きな強みです。
保育士さんの食育は家庭での食育にもつながる
保育園にお子さんを預けて働くお父さん・お母さんは、多忙な毎日を送っていますから、「食事のときには積極的に声掛けをしましょう」「栄養のバランスの取れた食事を作ってあげましょう」と伝えても、できることは限られてきてしまう部分もあるでしょう。
しかし、だからといって、家庭と連携して食育に取り組むことができない訳ではありません。
園での食の体験を子どもたちが「持ち帰る」ことの大切さ
先ほど集団で食べる「共食」が、保育園での食育につながることをお伝えしましたが、保護者のなかには、会話を楽しみながら、みんなで食卓を囲むという経験をしてこなかったために、「みんなで食べる」という楽しみを知らない、あるいはその大切さを、うまく子どもに伝えられない……という方もいらっしゃるでしょう。
家族がバラバラの時間に食事をするご家庭もあれば、なかには一緒に食事をしていても、お互い別々に好きなものを食べているいわゆる「個食」となってしまっているご家庭もあるかもしれません。
そんななかで、子どもが保育園の集団生活で得た「食育体験」を家庭に持ち帰って実践することで、保護者の方がその大切さに「気付く」ということもあるでしょう。
たとえば、食べるときの雰囲気について、子どもが「お母さんも一緒に食べようよ!」と誘ったり「いっしょに食べるとおいしいんだよ~!」と言ってくれたりしたら、どう対応しますか?
子どもからの誘いに、本音は「今忙しいの!」と思っていたお母さんでも、「忙しいけれど……そうだね、一緒に食べよう!」と、「共食」を実践すれば、結果としてホッと一息つく時間が楽しめるかもしれませんね。
お子さんがきっかけとなり、イライラと忙しい時間が続きそうな日常が、変わるかもしれません。
子どもが遊んでいるうちなど、手の空いたわずかな時間に、口に放り込むようにして食事を済ませている……そんなお母さんも多いかと思いますが、食卓に着かず、キッチンでパパっと食べてしまっていては、なかなか家庭のなかで「いっしょに食べるとおいしいね」というフレーズを言うことができませんよね。
お母さんが、その大切さや楽しさに気付いてもらう機会も、保育園での共食の経験があるからこそだと思います。
保育園での食育は、子どもを通じて家庭にも輪のように広がっていきます。
食育における保育士さんの存在は、子どもやお母さんにとっても、重要で、大きな役割を持っていると言えるでしょう。
「お母さん、一緒に考えましょう」という支援のありかた
保育士さんは、「うちの子、にんじんを残してしまうんです……」「忙しくて、どうしてもベビーフードに頼ってしまって……」など、保護者のさまざまな悩みを聞く機会があると思います。
そんなときには、「答えてあげなきゃ!」と、一生懸命に助言をしてしまいがちだと思いますが、まず、お父さん・お母さんの話を「聞いてあげること」が重要です。
なぜ悩んでいるかを「聞く」ことの大切さ
たとえば、「栄養が偏る」ということを心配している方と、「偏食をする子どもに育ててしまって、自分の子育てに自信がなくなってしまった」という悩みを抱えている方とでは、求められているアドバイスは違いますよね。
助言の方向性が、お父さん・お母さんの本当の悩みに沿っていなければ、余計にプレッシャーを与えてしまうかもしれませんし、そのことで保育士・保護者間の心の距離が開いてしまうことも、あるかもしれません。
一度で「答えを出さなければ」と気負わず、まずは、なぜその状態を「よくない」と感じているのか、その理由を引き出してあげることが必要です。
必要なものが「答え」ではないことも……
話をよく聞いてみたら、子どもたちの成長・発達の過程のなかではごく自然なことを、保護者の方が「悩みの種」と捉えてしまっていた……そんなケースもよくあります。
そのことがわかれば、保育士さんは、経験と知識を共有し、お父さん・お母さんを安心させてあげることもできるでしょう。
必要なのは必ずしも「対処法」や「改善法」といった、悩みに対する”答え”ではないこともあります。だからこそ、保護者の方としっかりコミュニケーションを取ることが大切なんです。
お父さん・お母さんの味方になって
保育士さんが「一緒に考えていきましょう!」と、寄り添い、お父さん・お母さんの味方となってあげること。それは、保育士さんと保護者との信頼関係の構築にも役立つはずです。
円滑なコミュニケーションを取るなかで、保育園と家庭とが連携を取りながら、食育を実践できるとよいですね!
食育を実践するなかで注意することは?
――最後に、保育士さんが、食育を実践するなかで注意すべき点をうかがってみました。
アレルギーに対しては園全体の知識と意識を高く持って
食育に取り組む際には、食品アレルギーについては園全体の意識・知識のスタンダードを統一する必要があります。
やはり、食品アレルギーは子どもたちの命に直結する問題ですので、とくに、行事の際などには注意が必要ですし、万一アレルギー症状があらわれたときの対処法なども、全員がしっかりと理解していることが必要ですね。
保育士さん自身の食も大切に
保育士さんは忙しさのなかで、自分自身の健康を気遣うことが、後回しになってしまうこともあると思います。
シンプルな食事でも構いません。「明日の元気」をチャージする食事を摂って、保育士さん自身の心と体の健康にも、少し気を配ってもらえればと思います!
編集者より
食育のセミナーでは、「小さいころの食事について、どんな思い出がありますか?」と聞いて、「食歴」を書いてもらうという隅さん。
「子どもたちが大人になったときに、同じことを聞いて『いつも叱られてばかりだった』という回答だったら……悲しいですよね。だから、難しく考えず、まずは子どもたちが「楽しい」と思えるような、食事が実践できていればOKなんです!」という隅さんのお話は、シンプルながら、食育の本質を語るものだと感じました。
今後、隅さんには、楽しく取り入れられる食育実践法や、保育士さんのお悩みへのアドバイスなど、幅広くお話をうかがっていきます!ぜひお楽しみに!!