今、日本においては6人に1人の子どもは貧困の状態にあると言われています。2012年時点における、日本の子どもの相対的貧困率は16.3%。国内において、じつに300万人以上の子ども達が、経済的な困窮状態にあるという計算になります。
子ども達の成長や発達、またその将来に大きな影響を及ぼすという「子どもの貧困」問題。
今回は「子どもの貧困」とはどのようなものなのか、保育士さんは子ども達の抱える困難にどのように気付き、支援していくことができるのか、いっしょに考えていきましょう。
「子どもの貧困」ってなんだろう?
「子どもの貧困」とはどのようなものなのでしょうか。
長崎大学教育学部准教授の小西祐馬氏によれば、子どもの貧困は以下のように定義されています。
「子どもの貧困」とは、子どもが経済的困窮の状態におかれ、発達の諸段階におけるさまざまな機会が奪われた結果、人生全体に影響をもたらすほどの深刻な不利を負ってしまうことです。
「経済的困窮の状態にある子ども」と聞くと、多くの方は、最低限必要な衣・食・住もままならず、飢えて住む家もない子どもの姿を想像するかもしれません。
しかし、日本における貧困問題は、そのような目に見えやすい絶対的貧困ではなく、表面的にはわかりにくい相対的貧困という指標をもとに考えられます。
相対的貧困は「見えない貧困」とも言われ、必要な支援が届きにくいという課題を抱えています。
「絶対的貧困」と「相対的貧困」
では、「絶対的貧困」と「相対的貧困」とはどのように異なるのでしょうか。2つの貧困の定義をそれぞれ確認してみましょう。
- 【絶対的貧困】
- 生存維持のために最低限必要な衣・食・住が満たされないような厳しい生活レベルのことです。世界銀行によれば1日1.90ドル未満で生活する人々を絶対的貧困層と定義しており、(2015年10月改定)日本円に換算すると年間わずか約7万8千円の消費しかできない状態のことを言います。
- 【相対的貧困】
- その国や組織の標準と比較して、生活水準が下回っている状態のことです。具体的には単身世帯で122万円、3人家族で211万円、4人家族ならば244万円の年間生活費を下回る場合を指します。(2012年時点)
「子どもの貧困」について考えるうえでは、この相対的貧困という、目に見えづらい貧困の概念をしっかりと理解しておく必要があるでしょう。
貧困は子ども達から何を奪うのか?
経済的困窮によって、子ども達が得られなくなるのは、衣・食・住にまつわる「モノ」だけではありません。
たとえば、保護者が長時間働いていることによって「親子のかかわり」が不足したり、家族旅行や誕生日プレゼントをもらうといった「体験」が奪われたり、あるいは習いごとや発達にあった本などの「教育の機会」が不足したり……。貧困は子ども達から多くのモノ・コトを奪います。
- 【貧困が子どもから奪うモノ・コトの例】
- 〇十分な衣・食・住
- 〇健康な生活に必要な医療(予防接種など)
- 〇おもちゃ・年齢にあった本
- 〇教育・学習(習いごとなど)
- 〇レジャー・旅行・イベントを祝うなどの体験
- 〇保護者など人とのかかわり
通常得られるべきモノ・コトを得られなかったという経験は、子どもの自己肯定感を下げてしまう・進学や就職などの将来的なチャンスに制約をかけてしまう・貧困を長引かせてしまうといった、さらなる不利益につながってしまう可能性もあります。
子どもの貧困はなぜ「見えにくい」のか
子どもの貧困において、大きな課題となっているのが、その「見えにくさ」です。
相対的貧困は、最低限の衣・食・住は確保できているケースが多いことから、絶対的貧困に比べて表面化しにくいという特徴がありますが、そのほかにもさまざまな要因が考えられます。
【理由1】根強い「自己責任論」
子どもを育てながら、貧困に苦しむ保護者のなかには、貧困を自己責任ととらえて、誰にも頼らず自分たちだけで頑張らなくてはならないという意識を持っている方も多くいることでしょう。
「子育ては家庭の責任」「貧乏なのは親の努力が足りないからだ」といった世間の声を気にして、困っていることを相談できないケースもあります。
【理由2】「困った保護者」と映ってしまいがち
子どもを保育所に通わせている場合、経済的困窮状態にある保護者は、「洗濯をしてこない」「忘れ物が多い」など、一見すると「困った保護者」として見られる場合があります。
貧困の状態にあっても、仕事のためにスマートフォンを持っていたり、服装や食事内容が一見普通に見えたりすることも多いもの。そのため、困った行動の裏に貧困が隠れていることは、見落とされがちです。
【理由3】目に見えない貧困もある
「両親とも正規職員として働いている」「たまにお迎えに来るお父さんの車が高級外車である」など、貧困とは縁遠いように見える家庭でも、金銭的困窮状態に陥っているケースがあります。
たとえば、疾病や障害があり毎月医療費などに多額の出費がある家庭や、親の介護等で長期的に高額の支払いが必要な場合、夫婦のいずれかに多額の借金がある家庭や、経済的DVでパートナーが家にお金を入れない場合などが挙げられるでしょう。
【理由4】虐待などの問題の裏に貧困が隠れているケースも……
保護者による暴力や、育児放棄(ネグレクト)が疑われるようなケースにおいても、その背景に貧困という問題が隠れていることがあります。
貧困はお金やモノだけでなく、心のゆとりも奪います。貧困やそれによる社会からの孤立が、虐待の引き金になってしまう可能性についても、軽視することはできないでしょう。
【理由5】「貧困であることを隠したい」という意識
「経済的に困窮している」ということを周囲に気付かれたくないために、保護者がそれを隠そうとしていることもあります。
「お金がないと知られることが恥ずかしい」「子どもが仲間外れにされるのでは……」「貧困に陥った理由を責められるのが嫌だ」など、その背景はさまざまですが、なかには親族に対しても貧困を隠そうとするなど、貧困に気づくことが難しいケースもあります。
保育士さんが「子どもの貧困」に気づくためには?
保育所は、保護者が働く日中、子ども達が多くの時間を過ごす場所です。その役割は、すべての子ども達が安心・安全に過ごせる場を提供することだけでなく、子どもや保護者の心身の状況にいち早く気付き、適切な支援に結びつけるという、福祉機関としての重要な役割も担っています。
では、見えにくい「子どもの貧困」に気づくには、どのような点に注目したらよいのでしょうか?
こんな子どもの様子はありませんか?
まずは、子どもの様子から貧困に気づくためのポイントをチェックしてみましょう。
- 朝から元気がない
- 給食を何杯もおかわりする
貧困のために食費を切り詰めなくてはならない、あるいは家庭において充分な食事が提供できていないのかもしれません。
- 不安感が強い
- 落ち着きがない
仕事を掛け持ちしていて生活パターンが安定しない、子どもの生活に気を向ける余裕がないなどで、子どもが家庭で安心して過ごすことができていないのかもしれません。
- 無気力な様子が目立つ
- 自分のことなんかどうでもいいというような言動をする
経済的困窮からできないこと・我慢しなくてはならないことが増え、子どもの自己肯定感が低下しているのかもしれません。
- 前日と同じ洋服を着ている
- 頭髪がべたべたしたりフケが付いたりしている
浴槽や洗濯機が壊れて修理できない、あるいは水道代や光熱費を節約しなくてはならず、入浴や洗濯を控えざるを得ないのかもしれません。
- 衣服のサイズが合っていない
- 気候にあわない衣服をいつまでも着ている
生活に余裕がなく、新しい衣服の購入が困難な状況にあるのかもしれません。
- 大きい音や大人の動きに敏感
- ケガが多い
貧困のために保護者がすさんだ生活になり、暴言や暴力が日常化しているのかもしれません。
https://hoiku-shigoto.com/report/news/child-abuse/
こんな保護者の様子はありませんか?
子どもだけではなく、保護者の様子にも、貧困に気づくためのヒントが隠れていることがあります。
- 負担金の納入が滞りがち
- 圓の行事に参加したがらない
必要なお金や物品を用意することが難しいほど、生活が困窮しているのかもしれません。
- 医療機関を受診させない
医療費の補助制度を知らなかったり、医療機関を受診することが難しいほど過密なスケジュールで働いていたりするのかもしれません。
- 「オムツの使用枚数を減らしてほしい」と要求する
子どもを育てるのに必要最低限の物品の購入も制限しなくてはならない状況なのかもしれません。
- 忘れものが多い
- 持ち物への記名や必要なものの準備などをしてこない
貧困のストレスによって、すさんだ生活になっていたり、次の日の準備もままならないほど仕事で疲れていたりするのかもしれません。
- 欠席させがち
- 登園時間がバラバラ
- いつも体調が悪そうにしている・疲労困憊している
長時間労働や過酷な労働条件、仕事の掛け持ちなどで保護者が体調を崩している、あるいは保護者自身の医療費が捻出できない状況にあるのかもしれません。
貧困の状態にある子ども達に保育士さんができること
では、貧困の状態にある子ども達に対して、保育士さんはどのような支援をすべきなのでしょうか。
ここからは、保育所の役割や、保育士さんに求められる姿勢について、お伝えしていきます。
保育所はすべての子どもが「豊かな乳幼児期」を過ごす場所
2013年6月に、「子どもの貧困対策推進法」が成立しました。
これは『子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない』ことをめざして、「教育の支援」「生活の支援」「就労の支援」「経済的支援」等の貧困対策を推進するための法律です。
この法律の制定にともなって政府が定めた「子どもの貧困対策に対する大綱」には、次のような記述があります。
「子供の貧困対策は、基本として、一般的な子供関連施策をベースとするものであり、子供の成育環境や保育・教育条件の整備、改善充実を図ることが 不可欠である。」(一部抜粋)
「幼児期における質の高い教育を保障することは、将来の進学率の上昇 や所得の増大をもたらすなど、経済的な格差を是正し、貧困を防ぐ有効な手立てであると考えられる。」(一部抜粋)
保育所は、家庭における貧困の有無にかかわらず、等しく安心して過ごすことができる場所であることが必要です。
乳幼児期にふさわしい生活の場、さまざまな経験と学びの機会が、平等に提供されることは、すべての子どもにとって大きな意味のあることですが、園外の生活において多くの制約がある貧困家庭の子ども達にとっては、とりわけ重要な意味を持っています。
保育所の持つ役割とは
保育所保育指針第一章には、保育所の役割について次のように記載されています。
保育所は、児童福祉法(昭和22年法律第164号)第39条の規定に基づき、保育に欠ける子どもの保育を行い、その健全な心身の発達を図ることを目的とする児童福祉施設であり、入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない。
また第六章には、保護者に対する子育て支援について、次のように記載されています。
外国籍家庭など、特別な配慮を必要とする家庭の場合には、状況等に応じて個別の支援を行うよう努めること。
保育所保育指針解説書によれば、「特別な配慮を必要とする家庭」には、貧困家庭も含まれているとされています。
つまり、保育所は、子ども達の心身の健全な発達にふさわしい生活の場を提供するという役割に加え、「貧困」という社会的な困難を抱えている保護者に対して、その悩みや不安に気づき、日々のかかわりのなかで家庭の状況や問題を把握し、保護者の意向や思いを理解し、必要に応じた個別の支援を行うという、保護者支援・子育て支援の役割も担っているのです。
具体的な支援のワークフローを検討しよう
保育所において子どもの貧困問題に向き合うためには、しっかりと順序立てて、必要な対策を検討していく必要があります。
- ◆気づきと状況把握◆
- 子どもや保護者の様子から、貧困の可能性に気付いたら、日々の保育のなかで子どもの様子を注意深く観察する、送迎時に保護者に家庭での様子を聞いてみるなど、より多くの情報を把握するよう努めます。
- ◆園内での情報共有◆
- 得られた情報から、「家庭で困難を抱えているのでは?」と感じた場合でも、すぐに保護者にアプローチすることは避けましょう。
- まずは、同じクラスの職員、兄弟・姉妹が在籍する他のクラスの職員、主任保育士や施設長などと、情報を共有するようにします。
- ◆対応を検討◆
- 職員間で情報を共有したら、保育所としてどのような支援を行うことができるか、具体的に対応方法を検討します。
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【対応方法の例】
・衣服等の物品を貸与する
・給食の配膳量について配慮する
・家庭訪問等の個別相談支援を行う
・他の相談機関などの情報提供を行う
- ◆保護者へのアプローチ・状況改善に向けた提案◆
- 保護者に対して、検討した対応を勧めてみましょう。申し出を断られるケースもあるでしょう。その場合には、保護者の意向や思いを丁寧に聞いて、対応方法をあらためて検討することが必要です。
- ◆場合によっては関係機関との連携も視野に入れる◆
- 場合によっては、市町村の保健師や児童相談所、ソーシャルワーカーといった、他の関係機関と連携をする必要もあるでしょう。
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【連携することが想定される関係機関等の例】
・市町村
・児童相談所
・保健師
・ソーシャルワーカー
・医療機関
・母子生活支援施設
・社会福祉協議会
・民間の子育て支援団体など
こんな対応はNG!子どもの貧困対応のポイント
子どもの貧困問は、とてもデリケートな問題であり、その対応においては細心の注意が必要です。ここではとくに気を付けたいポイントについて、確認してみましょう。
貧困であると決めつけない
たとえ「貧困状態にあるのでは?」と思われるような要素があったとしても、安易に「貧困状態である」と判断するのはNGです。
子どもや保護者の様子を丁寧に観察したり、家庭の状況を伺ったりしながら、その家庭がどのような問題・課題をかかえているのか、慎重に見極めることを心がけましょう。
貧困=虐待ではない
たとえば、貧困のために、体の大きさに合わない服を着ているからといって、保護者が子どものことを虐待していたり、ないがしろにしたりしているとは言えません。
おなか一杯食べさせてあげたいという思いから、衣料品の優先順位がさがってしまっていたり、新しい衣服を買ってあげたいと心から思っているのに、資金が調達できなかったりと、保護者も心苦しい思いをしていることも考えられます。
貧困への対応は「与える」ことだけではない
「子どものため」と思って、物品を与えることだけが、貧困に対する支援ではありません。
安易な物品の提供は、他の保護者の不公平感を与えてしまう可能性もありますし、保護者の自尊心を傷つけてしまうこともあります。また、場合によっては、保育所に対する保護者の依存をまねいてしまうことも考えられるでしょう。
返却を前提に貸与する、他の支援機関などの情報提供を行うなど、より望ましい対応方法を検討する必要があります。
保護者の心を傷つける言動をしない
貧困に悩む保護者の心を、何気ないひとことや、良かれと思った行動で傷つけてしまわないよう、十分に注意しましょう。
貧困状態にない人が「あたりまえ」にできることでも、困難である場合があるということ、また、決して「貧困状態にあること」=「子どものことを思っていない」というわけではないということを、常に心に留めておきましょう。
それぞれ求める支援は異なることを認識しておく
たとえ、置かれた状況が同じであっても、保護者の意向や思いによって、その時必要とされる支援は異なります。困ったときにいつでも相談できる関係性を築き、長期的に支援ができる体制を整えておくことが大切です。
子どもと保護者をよりよい将来へ送り出してあげるために……
乳幼児期は子ども達の心身の成長にとって、もっとも重要な時期です。子どもの将来にネガティブな影響を与えてしまう、乳幼児期の「貧困」ですが、保育所における適切な支援によって、貧困が子どもに与える悪影響を緩和することができます。
保育所において、多くの友だちとさまざまな経験をし、大人から愛情を注がれ、受け入れられた経験は、子どもの「生きる力」となるでしょう。
また、保護者にとっては、保育士と相談できる関係性ができることや、適切な支援機関とのつながりが、その後の生きる力を向上させることにつながるはずです。
また、「困ったときには相談してもいいんだ」という安心感は、保護者の心のゆとりを生み、子育てをよりポジティブに捉えることにもつながります。
貧困という大きな問題を抱える家庭を、あたたかく見守り、支え、それぞれの生きる力を育む……保育所は、子どもと保護者をよりよい将来へ導く、重要な役割を果たしていると言えるのではないでしょうか。
編集者より
子どもは生まれてくる家庭を選べません。しかし、貧困に苦しむ保護者もまた、必ずしも自身の責任でその状態に陥っている訳ではないでしょう。
貧困は、渦中にいる本人だけでなく、周囲もネガティブにとらえて目を背けてしまいがちな問題です。しかし、本当に必要なのは、むしろ貧困という問題にきちんと目を向け、子どものよりよい将来のためにできることを、社会全体で考えていくことでしょう。
子どもの貧困問題への対応は、保育士さんにとって負担の大きいことかもしれませんが、今回ご紹介した内容が少しでもアプローチのヒントになれば幸いです。
すべての子ども達に等しく、明るく開かれた未来が待っていることを願って……。
参考文献・サイト
- 秋田喜代美・小西祐馬・菅原ますみ(編著)(2016)『貧困と保育 社会と福祉をつなぎ、希望をつむぐ』(かもがわ出版)
- 社会福祉法人 全国社会福祉協議会 全国保育士会『保育士・保育教諭として、子どもの貧困問題を考える 質の高い保育実践のために』(2018/11/22)
- 厚生労働省『保育所保育指針解説』(2018/12/18)
- 内閣府『子供の貧困対策に関する大綱 ~ 全ての子供たちが夢と希望を持って 成長していける社会の実現を目指して ~ 』(2018/12/18)
- 桜花学園大学・名古屋短期大学 原田明美『「子どもの貧困」に対する保育者の役割 』(2017)