近年では棋士・藤井聡太七段が幼少期に受けていたことで話題を集め、一般にも広く知られる幼児教育のひとつとなったモンテッソーリ・メソッド。
「他人への思いやりと生涯学び続ける姿勢を持った、自律した子どもを育てる」という内容に惹かれ、ぜひ幼児教育の一環として保育に取り入れたい! と考えている保育士さんや保護者の方も増えてきているように思います。
しかし、それがなかなか広まらないのは、
「でも、モンテッソーリって教師とか異年齢とか、特殊な教育環境がないとできないんじゃない?」
「専用の教具がたくさんあるけど、これを揃えないといけないと思うと……」
といった不安が拭いきれないせいではないでしょうか。
そこで今回は、現役モンテッソーリ教師・堀田はるな先生から、「限られた設備の中でできるモンテッソーリ・メソッド」のお話を聞いてきました!
自発的に動ける子どもを育てるとはどういうことか、その本質に迫ります。
-
*シリーズ「人生100年時代」の保育のカタチは、モンテッソーリ教師の堀田はるな先生から、日々の業務や子どもとの接し方に活かせるモンテッソーリ・メソッドの考え方をお聞きする取材連載です。
子どもに自由を与えるということ
――モンテッソーリ・メソッドを保育園や家庭で実施する場合、保育士や保護者の方にはどのような心構えが必要になるでしょうか。
モンテッソーリ教育には「子供の自主性や自由を尊重する」という理念があります。この理念はどんな教育現場でも取り入れられます。しかし、この「自由」とは「なんでも子供のやりたい放題にしていい」という意味とは違いますので、そこのところをお話ししておきます。
モンテッソーリ・メソッドは「自律した子どもを育てる」ことを目的としていて、子ども主体の保育を重要視しています。なので子どもを自由に活動させることで、子どもから自発的に動けるように促すのは間違いではありません。
ですが、子どもに自由を持たせるということは、子どもに責任を持たせることでもある。これを忘れてはいけませんね。
自由というのは約束の中にあるものなんです。異なる人間同士が共存していくにはルールが必要です。自分さえよければ良いというのでは社会生活は成り立ちませんよね。
子供の遊びに置き換えてみても同じです。例えば、「鬼ごっこ」ひとつとってもルールがありますね。鬼に捕まえられた子供が、僕は鬼の役をやるのは嫌だから捕まえないで!と駄々をこねた時点で、それはもう「鬼ごっこ」ではなくなってしまう。
おもちゃで遊んだ後も、元に場所に戻しておかなくては次の人が使えないですね。故意でなくてもおもちゃを壊した時には、教師に言ってくれれば修繕することもできますが、言わずに隠されてしまったらもうそれっきりです。
こういう例をあげてみれば、子供にルールをしっかり伝えることの重要性がよくわかると思います。子供が何かまずい行動をした時に叱られている姿を街中でもよく見かけますが、意外と大人があらかじめルールを伝えていないことが多いのではないでしょうか。
幼児期は人格形成に重要な時期です。特に2~3才の子供は「秩序感」に対する敏感期なのですが、「約束事を守る」ことに対しても敏感ですので、社会のルールを教え始めるのにはいい時期です。
たとえば、保育園で好きなおもちゃを使って好きな遊びをしていいという自由を子どもに与えるとします。でも、そのときには片づける場所をきちんと決めるとか、そういうルールを前もって合意しておく必要があるんです。
この例の場合は、具体的な「片付け方」を示すことも忘れないでください。子供には言葉よりも動作で見せた方がよく伝わりますので、使い終わったら元の場所に戻す様子を具体的な行動で見せてください。
大人は遊び終わったら片づけるのを常識だと思っていますが、子ども達にとっては決してそうじゃない。だから、ルールを知らない子供が後からいきなり「どうして片づけないの!」と怒られても理解できないし、嫌な気持ちだけ残ってしまうんです。
だから前もってお約束を一緒に決めるとか、今まで決めていなかったなら「今日からこういうルールができました」と発表するとか、とにかく子どもに伝えることが大切だと思います。
――子どもに自由を持たせることは、ルールとセットになっているんですね。
ルールを守れなかった子供に対しては、いきなり叱るよりも問いかけるのが良い方法です。
「どんなルールだったか思い出してみて?」「それでいいんだっけ?」
ルールを知っているからといって、全ての子供がすぐに実行できるわけではありません。わかっていてもできない時だってあります。子供がルールに沿って行動できるように、自分で考えたり、行動を直したりする機会を与えてください。そういった繰り返しが子供の自主性を育てることに繋がります。ルールは教師に怒られるから守るものではなくて、皆で共同生活をする上で必要で、自主的に守るものですからね。
「自由とルールがセット」は家庭でも同じ
――先ほどは園でのおもちゃのルールの例をお聞きしましたが、それは家庭でも同じですか?
同じです。子どもの自由にさせたいからと言って、お菓子の食べ歩きを許してしまうのは違いますよね。家にあるお菓子の中から好きなものを選んでいいよ、という自由を与える時には、いま食べる量はどれくらいで、どこで食べたらいいのか、食べかすの処理はどうするか、そういうルールを伝えるところまでワンセットにするといいのではないでしょうか。
小さい子供にはそんなことを言ってもわからないのではないか、難しいのではないかと思うかもしれませんが、小さいうちからスタートする方がお互いに楽です。教えないことは、子どもがルールを学ぶ機会を失うことですし。
子どもには「大人に認められたい」という承認欲求がありますから、お約束を決めた上で、それを実行できたら褒めてあげることも大切ですね。「よくできたね!」「あなたを信頼しているよ」ということをきちんと伝えてあげましょう。
――堀田先生が実際にされている、子どもに責任を持たせるエピソードなどはありますか。
私が勤める「子どもの家」にはさまざまな係があります。植物の水やりとか飼育している動物の餌やりとか、毎日の天気を調べて記録するとか。子ども達が自らやりたいものをそれぞれ担当していて、朝の活動の前に係のお仕事をすることになっているんです。それも子どもが責任を持って自主的に行う活動ですね。
それに、係は年長と年少の異年齢のペアで行うので、大きい子が小さい子にやることややり方を教えてあげるようお願いしています。教具の使い方にしても先生が教えるのではなく、すでにその使い方を習得している子の能力を認めて、他の子に教えてあげるよう任せています。
子供は誰かに「信頼されている」「役割を任されている」ことに喜びやプライドを感じます。子供が「ほら、先生見て!できたよ!」とこちらを向いた時、「ほんとだ!」「もうできたの?すごいね!」「さすがお兄さんは違うね~」などと声をかけて子供の頑張りをしっかり見ていることを伝えています。
こういった子どもに責任を持たせることは、家庭でもできると思います。お手伝いのチャンスがたくさんありますから、子どもにはゴミ出しなどのお手伝いを少しずつやらせてあげるといいでしょう。
教具=モンテッソーリではない。子どもにとってはあらゆることが遊びに
――一般的な保育園や家庭には、モンテッソーリ・メソッドに必要な教具がありません。限られた環境の中で、どのようにすればモンテッソーリ・メソッドを実施できるでしょうか。
子どもにとってはあらゆることが遊びであり学びです。「教具がないと学べない」「おもちゃがないと遊べない」という大人の思い込みを捨ててほしいですね。
教具は子どもの興味や発達にリンクしているからこそ作用するのであって、教具ありきでモンテッソーリ・メソッドを考えるべきではありません。その子をよく見て「どんな興味を持っているのか?」「どんな発達状態にあるのか?」を把握するのが先です。
それにあわせて教具があるので、ただ買っただけで終わってしまうのはもったいないですね。正しい使い方をしてこそなので、特に保護者の方でモンテッソーリ・メソッドに興味があるなら、教具を買う前に子どもの家を見学してみるのがいいと思います。
――子どもの発達は、どのような点から見るのがよいでしょうか。
手先の発達であれば、ボタンやファスナーの着脱ができるかどうかだけでも確認できます。このような、子どもの生活に関わることの中で、できることやもうすぐできるようになりそうなことをやらせてあげるべきだと思いますね。
その子の生活や関心に関係ない教具や知育玩具をいきなり渡しても、子どもに対していい影響はありません。子どもは自分がすでに習得した動作に対しては興味を失うので、一時は熱中したおもちゃにもう見向きもしないということもあります。
だから保育園や家庭でよくわからずに教具を買うくらいなら、元々そこにあるもので遊んでもらった方がいいと思います。教具の中にはボタンを開け閉めするだけのものもありますが、それも子どもにとってはおもちゃのひとつなので。
――市販のおもちゃだけが、子どもの遊びの道具ではないということですね。
勉強=教具がないとできない、ではないし、遊ぶ=おもちゃを与える、でもないんですよ。
世の中のおもちゃには決まった遊び方があるので、子どもがそれをクリアしたらもう飽きて終わりなんですね。何通りでも遊べるパズルとか、好きにデザインできるブロックとかならずっと使いますが、そうでなければもう遊ばなくなってしまいます。
そのたびにまた新しいおもちゃを与えていたら、子どもはただ受け身で楽しむだけになってしまうんです。飽きた時点でそれ以上の楽しみ方ができなくなるので、発想力も身につきません。
それよりも、家や保育園にあるものでどうやって遊ぶか? どんなものを作ってみるか? と、子どもが頭を使って考える機会を増やしてあげてほしいですね。子どもが身の回りのものを自由に使えるように誘導してあげること、できないようだったら傍でやり方を見せてあげること、そういうことが大切だと思います。実体験に基づいていないものは子どもの身につかないので、生活をおざなりにすることのないようにしたいですね。
保育者ができる保護者へのアドバイスの仕方
――家での過ごし方をアドバイスすることについて、「余計なお世話」だと取られてしまうこともありますよね。堀田先生はどのように保護者の方へ対応されていますか?
子どもの家ではまず、保護者会で大まかな家庭の過ごし方について話します。「園でこういう過ごし方をしているから、家でもこうしてみてください」といった感じですね。それ以外の細かいところを個別で伝えるときには、子どもの「できるようになったこと」を中心に伝えながら、家庭でどのようなことをすると子供の興味や関心を伸ばすことができるかという視点でアドバイスを送るようにしています。
親は子供の「できない部分」に目がいきがちですから、まずは「できるようになったこと」を知らせてあげることが重要だと思います。
たとえば、数を数える教材を楽しんで取り組んでいる子だったら、連絡帳に「こういうことに興味があるようです。家でもそういう遊びをさせてあげてみてはどうでしょう」と書くとかですね。
子どもの関心・興味のあることを園での様子と一緒に伝えてあげると、保護者の方も取り入れやすいと思います。
――園での過ごし方と、その関心ごとを伸ばすために家でできること。これをセットで伝えるのですね。
その子の伸ばしたいところや改善点は、現場の先生がよくわかっているはず。子どものいいところを褒めつつ、直してほしいところについては「こうしたらもっと伸びますよ」とか「こういうものを用意してあげるともっと興味を深められますよ」といった伝え方がいいと思います。いいところを褒めて探して、そこを伸ばすようなアドバイスを後から言う。モンテッソーリに限った話ではありませんが、相手が受け入れやすい伝え方をしたいですね。
編集者より
モンテッソーリ・メソッドを取り入れることで、子ども達にどのように成長してほしいのか
。確かな想いが保育士や保護者の方の中にしっかりあれば、道具や特殊な環境がなくても、子どもの自主性や自律心を育てることはできるようです。
大切なのは、「子どもに責任を持たせる」こと。子どもを自由にさせた上で、自主的に考えて動いてもらうことです。ただ好きにさせるのではなく、ルールもきちんとあるか、もう一度考えてみたいですね。