発達障害のひとつである「自閉症スペクトラム」。
「コミュニケーションが苦手」「こだわりが強い」などの特性(特性)が共通してみられるいっぽう、幅広い障害の状態を包括しているため、一人ひとりの子どもが抱える困難はさまざまです。
多様な問題を抱える子ども達に対し「どのように対応するべきか……」と悩む保育者も少なくないでしょう。
今回は、筑波大学准教授で臨床心理士の水野 智美(みずの ともみ)先生に、保育園における自閉症スペクトラムの子どもの基本的な対応法、ケース別の対応例から、継続的支援に欠かせない小学校との連携まで、実践的なノウハウを教えていただきました。
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*シリーズ「保育と発達障害」は、専門家への取材をもとに、発達障害について正しい情報をお伝えするとともに、保育者が知っておくべき子ども・保護者支援の実践的なポイントを紹介する連載企画です。
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そもそも「自閉症スペクトラム」ってどんなもの?
「自閉症スペクトラム」とは、脳のどこかに先天的な機能障害があることで、生活の中にさまざまな困難が生じてしまう「発達障害」のひとつ。
英語名の「Autism Spectrum Disorder」から「ASD」と呼ばれることもあります。
スペクトラム=連続体という意味
自閉症スペクトラムの「スペクトラム」とは「連続体」を意味する言葉です。
かつては「自閉症」「アスペルガー症候群(アスペルガー障害)」など別々の診断名がついていましたが、どこからが自閉症でどこからがアスペルガー症候群なのかがあいまいで線引きが難しいこと、また、同じ障害であっても見られる特性が子どもによって大きく異なることなどから、区別をせず連続体として捉え、「自閉症スペクトラム」という診断名をつけることが多くなりました。
保育における自閉症スペクトラムの子どもへの対応は、知的な遅れが見られるかどうかで大きく異なります。
そのため、今回は知的な遅れを伴わない「アスペルガー症候群」のみに見られる特性への対応方法は扱わず、別途紹介します。
自閉症スペクトラムの特性(特性)とは?
自閉症スペクトラムの子どもには、共通してみられる次のような特性があります。
人とのかかわりやコミュニケーションが苦手
適度な距離感を持って他者と接することが苦手なのが、自閉症スペクトラムに見られる特性のひとつです。
興味の範囲が限定されている
電車や車、昆虫など特定の分野について強い興味を示すいっぽう、ほかのことに対してほとんど関心を示さないのも特性のひとつです。
特定のものや方法にこだわる
自閉症スペクトラムの子どもは、周囲の環境のわずかな変化にも不安を感じてしまいます。
そのため、自分が気に入ったものや特定のやり方に強いこだわりを持つことがあります。
「情報を受け取ることが苦手」な子ども達
自閉症スペクトラムに共通する3つの特性すべてについて当てはまるのが、「情報を受け取ることが苦手である」ということです。
自閉症スペクトラムの子ども達は、いわば細い筒を通して世界を見ているような状態です。自分が意識を集中させている特定のものは、うまく見たり聞いたりできますが、その周囲にある情報を受け取るのは苦手です。
そのことが「保育者の指示を聞けない」「相手の感情を読み取れない」などのコミュニケーションの特性や、興味範囲が狭いという特性につながっています。
また、幅広く情報を受け取ることが苦手であるために、環境や状況の変化に対応しにくく、泣きわめいたりパニックを起こしてしまったりするのです。
特性のあらわれ方はさまざま!
共通して見られる要素はあっても、自閉症スペクトラムの子どもの状態は一人ひとり大きく異なります。ここからは日々の保育のなかで、支援を必要とする子どもにどのような様子が見られるのか紹介します。
(※これらは自閉症スペクトラムを判定するためのチェック項目ではありません)
※徳田・水野研究室より引用
対応はあくまで「子どもの姿」から検討を
ここまでお伝えしてきた、自閉症スペクトラムに見られる特性の例は、障害を断定するためのものではありません。
そのため「あてはまる特性がある=自閉症スペクトラム」とは言い切れません。
発達障害は複数の障害が重なり合うことも多く、子どもがどのような部分に困難を抱えるかは一人ひとり異なります。
「自閉症スペクトラムだからこのように対応すべき」と決めつけて支援の方向性を固めてしまうのではなく、目の前にいる子どもにどのような特性が見られるのか、どんな困難を抱えているのか、きちんと把握したうえで対応を検討することが重要です。
自閉症スペクトラムの6つの基本対応
では、ここからは自閉症スペクトラムの子どもにどのように対応したらよいのか、6つの基本的な対応方法を紹介しましょう。
【1】指示は「はっきり・短く・具体的に」
自閉症スペクトラムの子どもは、言葉を聞いて理解することが苦手な傾向にあります。
抽象的な表現をすることや一度に多くの指示を出すことは避け、「はっきり・短く・具体的に」伝えることを心がけましょう。
【2】目で見てわかる手がかりを
自閉症スペクトラムの子どもは、言葉の理解は苦手でも、目で見たことを鮮明に記憶することが得意なことが多くあります。
そのため、言葉のみでは伝わらないことでも、視覚的な要素を加えることで子どもが理解しやすくなります。
絵カードを使ってみよう
「絵カード」とは、コミュニケーションを補助するために使われる絵や写真のことです。絵カードを適切に使うことで、子どもとのコミュニケーションが取りやすくなり、子どもの「できること」を増やしてあげることができるでしょう。
ただし、的確に情報を伝え、子どもの成長につなげるためには次のようなことに注意する必要があります。
1枚の絵カードに複数の要素を描かない
絵カードには不要な背景や飾りは描かず、なにを示しているのかがはっきりとわかるようにしましょう。
禁止カード(×カード)よりもほめるカード(〇カード)を多く用いる
「話しません」「登りません」といった禁止カードを多く用いると、子どもは絵カードを見ることが嫌になってしまうことがあります。短時間でも子どもができたときには「〇カード」を見せてほめ、カードは「ほめられるもの」「楽しいもの」と認識できるようにしましょう。
必ず言葉をかけながら使う
絵カードを使うときには必ず言葉をかけながら使うようにしましょう。しっかりと言葉をかけることで、しだいに絵カードがなくても言葉のみで指示が理解できるようになっていきます。
【3】見通しが立てられるように工夫を
自閉症スペクトラムの子どもは、先の見通しがつかないことに不安を抱くことがあります。
そのため、ホワイトボードなどに1日の活動の流れを示してあげるとよいでしょう。身体測定や避難訓練、お誕生日会など普段の生活と異なるイベントがある際にも、先の見通しを立てることで大きな混乱を防ぐことができるはずです。
マグネット式の絵カードを用いると、終了した活動を取り外すことができ、次に取り組むことがわかりやすくなります。
【4】苦手な刺激はなるべく避けて
たとえば帽子のゴムの締め付け感、給食のにおい、教室内の喧騒など、一口に自閉症スペクトラムといっても子どもによって苦手とする刺激は異なります。
苦手なものは我慢させるのではなく、できるだけ取り除いてあげるように工夫しましょう。
どうしても避けることが難しい刺激の場合には、スモールステップで徐々にその刺激に慣れていけるようにしましょう。
自由遊びの際の周囲の騒ぎ声が苦手な子のため、保育室の隅に避難場所を用意し、落ち着いて過ごせるようにする。
【5】変化が少なくなるよう工夫を
自閉症スペクトラムの子どもは、場所や予定の変更といった「変化」を苦手とします。
たとえば、進級にともなって部屋や下駄箱、ロッカーの位置などが変わってしまうと、自閉症スペクトラムの子どもは不安になってしまいます。
いつもと変わることがある場合には、あらかじめ子どもにその変化の内容を伝えておくようにし、可能な限り変化が少なくなるように工夫しましょう。
【6】できたときにはしっかりほめる!
自閉症スペクトラムの子どもへの対応で、忘れてはいけないのが「できたときにはしっかりとほめる」ということです。
自閉症スペクトラムの子どもの支援において大切なのは、「こうすればできた」「これがあれば理解できた」という成功体験を積み重ねてあげること。
少しでもできたら、すかさず「〇カード」などを見せてほめる。そのうれしい体験が子どもの自信につながり、次のステップへ進む原動力になります。
こんなときはどうずる?ケーススタディ
ここからは実際の子どもの姿を例に、より実践的な対応方法を紹介します。
【ケース1】声をかけても聞いていない
遊びの時間が終わってみんなが片付けをはじめても、いつも遊び続けているAくん。保育者が声をかけてもまったく気に留めていないようです。
まず、Aくんの前に行き、軽く肩を叩いて名前を呼んで意識を向けさせます。Aくんが手を止めて保育者を見てから片付けるよう伝えましょう。
自閉症スペクトラムの子どもは、なにかに集中しているときにほかのことに意識を向けることが苦手なため、しっかりと意識を保育者に向けて指示をすることが大切です。
【ケース2】いつも一人で遊んでいる
自由時間にいつも一人で遊んでいるBちゃん。友達の輪に入らず、自分の好きな遊びに没頭しています。
まずはBちゃんが一人で遊びたいのか、本当は友達と遊びたいのにその方法がわからないのか、様子を観察して考えてみましょう。
一人で邪魔されずに遊びたいようであれば、Bちゃんのやりたいように一人で遊ばせておいてもよいでしょう。
また、遊んでいるときに保育者がそばに行き、同じ遊びをすることで他者が近くにいることに慣れさせることができます。
自閉症スペクトラムの子どもには、誰にも邪魔されずに自分のやり方で遊びたいと考える子がいます。その場合、無理に友達の輪に加えてしまうとその子にとってストレスとなってしまうこともあるため、注意が必要です。
なお、毎日同じ遊びばかりしている場合には、子どもがいつも遊んでいるおもちゃに似たものなどで遊びに誘い、少しずつ興味の幅を広げてあげるよう工夫するとよいでしょう。
【ケース3】園にぬいぐるみやおもちゃを持ってきてしまう
Aくんはこだわりが強く、お気に入りのクマのぬいぐるみをいつも持ち歩いています。おもちゃの持ち込みが禁止の保育園にも毎日持ってくるため、保育者は対応に困っています。
おもちゃなどを持ってくることを禁止するのではなく、持ってきたあとのルールをきちんと決めましょう。
たとえば、「降園までの間、ぬいぐるみは事務室で保育者が保管する。ただし不安になった時には確認しにきてよいことにする」など、明確なルールを設け、それ ができたらしっかりほめるようにしましょう。
【ケース4】飛び跳ねたり手をひらひらさせたりしている
Bちゃんは自由遊びのとき、いつもぴょんぴょんと飛び跳ねたり手を顔の前でひらひらさせたり、同じ行動を繰り返しています。
本人や周囲の子どもに危険がない状況であれば、やめさせる必要はありません。周囲のおもちゃを片付けるなど安全に配慮したうえで、続けさせてあげましょう。
一見意味のないように思わる行動を繰り返すことを「常動行動(じょうどうこうどう)」と言います。これは子どもがその行動をとることで安心したり、刺激が少ないときに自ら刺激を作り出すためのもの。
無理に止めようとしてしまうと、パニックを起こしてしまうこともあるため、安全面に注意しながらできるだけ見守るようにしましょう。
【ケース5】ひどい偏食がある
Aくんは偏食が激しく、白いご飯しか食べられません。保育者は栄養バランスを考え「少しだけ食べてみよう」と誘いますが、「イヤ!」と拒否されてしまいます。
最初は食べられなくても、まずは苦手な食材をスプーンに乗せてみるだけでよしとし、それができるようになってきたら口の近くに持ってくるようにするなど、徐々に食材に慣れさせていきましょう。
自閉症スペクトラムの子どもは、こだわりの強さや感覚異常、うまく咀嚼ができないことなど、さまざまな理由から強い偏食傾向が見られることが多くあります。
無理やり食べさせようとしたり、苦手な食材を隠して食べさせようとしたりすると、子どもが食事そのものを嫌いになってしまうおそれがあるため、スモールステップで、少しずつ偏食を克服できるようにサポートしていきましょう。
【ケース6】なかなか寝ない
Bちゃんは午睡の時間になかなか眠ってくれず、眠っても少しの物音ですぐに起きてしまいます。
眠れないときには、起きて絵本を読むなど、静かに過ごせるように工夫しましょう。
自閉症スペクトラムの子どものなかには、睡眠のリズムがなかなか確立できない子もいます。眠れないときには無理に寝かしつける必要はありません。
また、シーツの感触やにおいが嫌、カーテンから漏れる光がまぶしすぎるなど、感覚過敏等によって眠れないことも考えられます。その子にとって眠りにくい環境的要素がないか、いまいちど見直してみましょう。
【ケース7】切り替えができない
Aくんは活動の切り替えが難しく、なにかの遊びに熱中すると、他の子が次の活動に入ってもずっと同じ遊びを続けています。
遊びの前にあらかじめいつまで遊びを続けていいのか、時間や回数の制限を設け、伝えておきましょう。
「あと5回だけ」「砂時計の砂が落ちるまで」などルールを決め、それを徹底するようにします。
なお、泣いて怒ったために「あともう少しだけ」と例外を許してしまうと、子どもが泣けばルールを破れることを学んでしまいます。「ダメなものはダメ」と徹底して教え、ルールを守らせることが大切です。
【ケース8】活動の途中で疲れて寝そべってしまう
Bちゃんは活動中、一人だけ床に寝転がってゴロゴロしている姿が目立ちます。
活動の合間にゴロゴロする時間を設け、消耗した体力を回復させましょう。
発達障害の傾向がある子どものなかには、定型発達の子どもよりも体力がなかったり、体力の使い方のバランスが悪いために疲れやすかったりする子どもが多くいます。
定期的に休息させ、回復してから次の活動に誘うようにしましょう。
【ケース9】行事にうまく参加できない
Aくんは生活発表会の練習に頑張って取り組んでいましたが、当日会場で泣き叫んでしまい、練習したダンスを披露することができませんでした。
過去の生活発表会のDVDなどで当日の雰囲気を感じさせたり、保護者に協力してもらい、会場の下見に行ってもらったりして不安を軽減しておきましょう。
自閉症スペクトラムの子どもにとって、いつもの生活と大きく異なる行事は大きな不安要素となります。
事前に会場の下見をしておいたり、過去のDVD映像の視聴をしたりすることで、本番の雰囲気に慣れ、少しでも不安を軽減した状態で当日を迎えられるようサポートしていきましょう。
もしもパニックをおこしたら……
自閉症スペクトラムの子どもは、不快な状況に陥ったり、不安になったり、自分の思うように物事が進まなかったりするときに、感情のコントロールがうまくできずに激しく泣きわめいたり、かんしゃくを起こしたりすることがあります。
このような状態を「パニック」と言います。なかには自分の頭を壁に打ち付けたり、ものを投げたり、友達を叩いたりする子もいます。
では子どもがパニックになってしまった場合には、保育者はどのように対応すればよいのでしょうか。
落ち着くまでそっとしておくことが大切
まず大切なのは、子どもがパニックを起こしてしまったときには、本人が落ち着くまでそっとしておくことです。
パニックは、いわば泣きながら気持ちをクールダウンしている状態です。思い切り感情の発散ができるよう、部屋の隅に連れて行って壁のほうを向かせるなど、できるだけ刺激の少ない環境を作り、静かに見守りましょう。
パニックがおさまり子どもが落ち着いたら、好きな遊びなどに誘い、気持ちを切り替えさせるようにします。
パニックを起こした原因を思い出させるようなことはせず、子どもが次の活動に向け、スムーズに気持ちの切り替えができるようにしましょう
先手必勝!パニックにさせないために……
パニックが起こってしまった場合には、ふたたび子どもがパニックに陥らないようにするために「なにが原因だったのか」を振り返り、再発防止策を練りましょう。
パニックは事前に回避することが大前提。その子にとって不快となる刺激を軽減する、先の見通しが立つように事前にスケジュールを伝えるなど、パニックを引きおこしやすい要素をできるだけ取り除いてあげることが大切です。
どうする?周りの子への対応
自閉症スペクトラムの子どもの対応においては、周囲の子ども達へのフォローも大切です。突然パニックを起こしたり、集団活動にうまく参加できなかったりする姿を見て「どうしてあの子はみんなと同じにできないんだろう……」と違和感を持ったり、不思議に思ったりする子もいるでしょう。
ここからは、周囲の子ども達への対応をケース別に紹介します。
特別な環境をうらやむ場合
自閉症スペクトラムの子どもが休息を取るために、保育室の隅にクッションを用意したところ、他の子ども達が「僕/私も使いたい!」と言い出しました。
自閉症スペクトラムの子どものスペースとは別に、ほかの子ども達がゴロゴロできる場を設けてあげましょう。
ほかの子ども達の「やってみたい」という気持ちをいったん受け止め、やらせてあげましょう。その環境が必要ない子ども達ならば、しばらくすれば飽きてしまうはずです。
同じ活動をしないことを「ズルい」と言う場合
生活発表会の練習に参加せず、自分の好きな遊びに没頭する自閉症スペクトラム障害の子どもを見て、まわりの子ども達が「一人だけズルい!」と言い出しました。
まずはほかの子たちの気持ちを受け止め、頑張りをしっかりほめてあげましょう。
そのうえで、自閉症スペクトラムの子もみんなと練習できるように、一生懸命頑張っていることを伝えてあげましょう。
「あの子のせいで負けた!」と責める場合
運動会のリレーで、自閉症スペクトラムの子どもがいるチームが負けてしまいました。チームのみんなは「〇〇くんのせいで負けたんだ!」と不満そうです。
まずはほかの子たちの気持ちを受け止め、否定しないようにしましょう。
そのうえで、誰にでも苦手なものがあることを伝え、もしも自分が同じ立場で苦手なことをばかにされたり、うまくできないことを責められたりしたらどう思うか、考えてもらうようにします。
自閉症スペクトラムの子どもだけでなく、ほかの子どもにも苦手なことがあるということに気付かせ、苦手なことを責められたら誰もが嫌な思いをすることを伝えてあげましょう。
小学校へはどう引き継ぐべきか
自閉症スペクトラムの子ども達がよりよく成長するためには、保育園のみではなく就学後の継続的な支援が必要です。
ここからは自閉症スペクトラムの子どもが小学校へあがるにあたって、どのように情報の共有を行えばいいのか、具体的に紹介していきます。
要録だけでは支援の必要性が十分伝わらないことも……
保育施設から小学校へあがる際には、保育所児童保育要録、幼稚園幼児指導要録、認定こども園こども要領(以下、要録)を作成します。
要録は、小学校教員が子どもについて知る重要な手がかりとなりますが、障害傾向の有無にかかわらずすべての子どもについて作成されることや、要求があれば保護者への開示が必要なため、保護者の障害受容の状況によっては詳しく記載することが難しいことなどから、要録だけで子どもの状態をすべて伝えることは難しいでしょう。
要録には書けなかったことをきちんと伝えるためには、就学前に小学校教員と保育者とで十分に引継ぎを行うことが必要です。
引継ぎのときに伝えるべきことは……
引継ぎの際には、必ず以下の情報を共有しましょう。
園で使っていた絵カードや、本人の場所の目印に使っていたシールなどがあれば、それを小学校教諭に共有しておくとよいでしょう。
また、必要であれば引継ぎのあとに、要録とは別に文書や口頭で情報共有をするようにします。
園からの情報をもとに席順やロッカーの位置、先生の声掛けのしかたなど、園からの情報をもとに工夫ができれば、就学後に子どもがより落ち着ける環境を整えることができるでしょう。
【もっと知りたい!】自閉症スペクトラムQ&A
最後に、自閉症スペクトラムについてより理解を深めるための2つのQ&Aを紹介します。
【Q1】自閉症スペクトラムと広汎性発達障害とは違うの?
以前は自閉症、アスペルガー症候群、小児期崩壊性障害、特定不能の広汎性発達障害、レット症候群をまとめて「広汎性発達障害(こうはんせいはったつしょうがい)」と呼ぶことがありました。
しかし、どのような特性を持つのかが伝わりにくいことや、アメリカ精神医学界の診断基準DSM-5でレット症候群を除く障害の総称が「自閉症スペクトラム」に統合されたことなどから、現在はあまり使われなくなっています。
【Q2】同じ障害の状態でも異なる診断名が付くことがあるのはなぜ?
医療機関が診断名をつける際に使用する基準として、アメリカ精神医学会が作成するDSM、WHOが作成するICD-10といった診断基準がありますが、日本においてはどんな診断基準をもとに診断名をつけるのか、あるいは診断基準を用いずに診断名をつけるのか、明確に決められていません。
そのため同じ障害の状態であっても、たとえば「自閉症スペクトラム」という診断名がつく場合もあれば、「アスペルガー症候群」という診断名がつくこともあるのです。
編集者より
保育現場における発達障害の子どもへの支援ニーズが高まるなか、多くの保育士さんは、学校で学んだり書籍を読んだりして、発達障害に関する知識を蓄えてきたことでしょう。
しかし、いっぽうで「学んできたはずなのに、いざ発達の気になる子を前にすると、どのような対応をすればよいのかわからない……」と悩んでいる方も少なくないのではないでしょうか。
「現場の保育者が本当に知りたいのは卓上論ではなく、目の前の“この子”に対して、どのような支援をしたらよいのかという実践的な部分だと思う」と語っていた水野先生。
診断名にとらわれるのではなく、目の前の子どもの姿から「もしかしてこの子にはこういった傾向があるのかも……」「それならばこんな対応が合うかもしれない……」といった予測が必要だということを、取材を通して知ることができました。
今回は自閉症スペクトラムという大枠を設けて、基本的な情報や子どもへの対応方法を紹介してきましたが、本記事が診断名の枠を超えて、現場の実践的な支援の一助となることを願っています。
水野 智美(みずの ともみ)先生について
筑波大学医学医療系准教授、博士(学術)、臨床心理士
実家が幼稚園の経営を行っていたことから「保育者を支援したい」という想いを抱き、現在は筑波大学発のベンチャー企業、子ども支援研究所の副所長としても活躍中。全国の保育園・幼稚園・こども園を巡回し、気になる子どもへの対応やその保護者への支援について、保育者の相談に応じている。
著書に『こうすればうまくいく!ADHDのある子どもの保育 イラストですぐにわかる対処法』(中央法規)、『具体的な対応がわかる気になる子の保育―発達障害を理解し、保育するために』(チャイルド本社)『「うちの子、ちょっとヘン?」発達障害・気になる子どもを上手に育てる17章ー親が変われば、子どもが変わるー』(福村出版)などがある。