企業主導型保育所とは、企業が主に従業員の子どもを預かるために、オフィスの中やその近隣に設置する保育施設のこと。
2016年から、その開設や運営に国が補助金を給付することを決めたため、近年、施設数が増加する傾向にあり、2016年12月22日時点から2018年3月31日時点までで、2,256もの施設が開設されています。
今回は、企業主導型保育所として2018年7月に開所した、大手IT企業・ヤフー株式会社の「HUTTE(ヒュッテ)」園長の安藤 明美先生に、企業主導型保育所で働くうえでの魅力や、保育に対する思いについて、お話をうかがいました!
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*シリーズ「保育ノゲンバ」は、保育施設や保育士・園長先生などにフォーカスし、保育の現場(ゲンバ)をお伝えするリポート取材連載です。
「HUTTE(ヒュッテ)」の保育の特徴とは?
今回お話をうかがったのは、企業主導型保育所「HUTTE(ヒュッテ)」で園長を務める、安藤 明美(あんどう あけみ)先生。以前には、公立の保育園で園長をされていた経験もあるベテランの園長先生です。穏やかな声と、取材中に見せてくれたやさしい笑顔が、とても印象的でした。
0歳児がほとんど!少人数の保育所
――「HUTTE(ヒュッテ)」の保育の特徴は、どんなところでしょうか?
まず、お預かりしているお子さんのほとんどが、0歳の乳児だというところです。また、少人数の保育という点も特徴だと思います。「HUTTE(ヒュッテ)」の定員は12名で、現在は8名のお子さんをお預かりしています。
――保育士さんの人数はどれくらいなのですか?
パートも含めて、保育従事者は7名おります。
ビルの中の保育所でも、なるべく園外へ!
――まさに都会のど真ん中にある「HUTTE(ヒュッテ)」ですが、保育環境において特徴はありますか?
「HUTTE(ヒュッテ)」は高層ビルの中に設置された保育園で、園庭は備えていません。しかし、そのような都市型の保育環境であっても、なるべく園外に出て、お散歩をするようにしています。
――園外に出ることもあるのですね。
夏の暑い時期には、ビルの中をお散歩することが多いのですが、ビルの敷地内には、自然の溢れる庭園や広場もありますので、子どもたちは自然に親しみながら体を動かすことができます。
子どもたちが敷地内をお散歩していると、オフィスで働く方が、みんな声をかけてくれるんです。それも今の環境ならではだと思いますね。
「手ぶら登園」を実現するための工夫
――HUTTEではオムツを保育所で用意したり、洗濯を保育所でしたりできる「手ぶら登園」を行っていますが、保護者の方からの反響はどうですか?
やはり通勤ラッシュの中、お子さんを抱っこして大きな荷物を抱えて通勤するのはとても大変なことです。それこそ会社に来るだけで疲れてしまいますよね。働く保護者の方には「手ぶら登園」は魅力的に感じていただけていると思います。
――「手ぶら登園」の実現には、やはり保育士さんの日々の努力が欠かせないと思うのですが……
保育士としては、排泄の量や色、食べこぼしをどれくらいしているのかなど、保護者の方にも見ていただきたいところなのですが、「手ぶら登園」では、オムツも汚れた衣服も、保育所で処理を行います。
だからこそ、「より多くの言葉で、保護者の方に子どもたちの様子を伝える」ということを日々心掛けています。
1日の保育の流れは?
――だいたいの1日の保育の流れを教えてください。
現在は次のような1日の流れで保育を行っています。
7:00 | 開園 | ラッシュを避けて登園するため9:20くらいに登園する子どもたちが多い。 |
午前の活動 | 自由遊び・歌 | 昼食までは保育室で自由に遊んだり、歌を歌ったりして過ごす。 |
11:00 | 昼食 | |
12:00 | 午睡 | |
午後の活動 | 主活動 | 午後の活動を比較的長めに取り、プログラムに沿った活動やお散歩などをする。 |
おやつ | ||
自由遊び・降園準備 | 降園の準備をしてお迎えを待つ。 | |
20:00まで | 順次降園 | 現在はだいたい18:00くらいまでには降園する。 |
保護者と一緒に、通勤電車に乗って登園してくるので、途中抱っこ紐のなかで眠ってしまう子もいます。生活リズムがその日ごとに違うので、子どもたちの様子を見ながら、保育活動を調整するようにしています。
少人数だからこそ「コミュニケーション」を大切にする
――日々の保育のなかで、とくに大切にしていることは何ですか?
「子どもたちとのかかわりを大切にする」というのはもちろんですが、職員間のコミュニケーション、保護者の方とのコミュニケーションをとくに大切にしています。
――保育士さん同士の人間関係はどうですか?
とてもうまく信頼関係を築けていると思います。「HUTTE(ヒュッテ)」の保育従事者は、出身も経歴も年齢層もまちまちですが、本当にすてきな方ばかり。お互いによい刺激を受けつつ、うまく連携を取りながら働いています。
担当はあれども、全員が子どもたち”みんな”の先生
――コミュニケーションを大切にされるということですが、具体的にどのような取り組みをされているのでしょうか?
「HUTTE(ヒュッテ)」では、誰が何歳の子どもを見るか、という担当を決めてはいるのですが、子どもの人数が少ないので、「保育従事者全員が、子どもたち全員を見る」ことにしています。
だから、職員一人ひとりが、すべての子どもについて、十分に把握していなくてはなりません。そのためにも職員同士、子どもの体調や様子、その日にあったことなどを書面や言葉で伝え合うようにしています。
また、たとえばおむつ替えに入るときも「〇〇ちゃん、おむつ替えに入ります!」などと声掛けをして、全員が把握できるようにしています。
――まさに職員同士、コミュニケーションが欠かせないということですね。
はい。そして保護者とのコミュニケーションの部分では、担当から子どもの様子を伝えるだけでなく、他の職員からも「今日は〇〇ちゃん、こんなことができたんですよ!」「こんな様子でしたよ」と声をかけてもらうようにしています。
「担当の保育士だけでなく、職員全員が子どもを見てくれている」ということは、保護者の安心感につながりますし、保護者の方との信頼関係を築くうえでの近道になると考えています。
企業主導型保育所と公立の保育園との違い
――安藤先生は、公立保育園で園長を務められたご経験もあるとのことでしたが、公立の保育園と企業主導型保育所とを比べてみて、どのような違いを感じましたか?
公立の保育園は、地域の子育て支援の拠点としての役割も担っています。ですから、保育士は「発達支援」や「保護者支援」を行うことがとても重要となってきます。一方で企業主導型保育所の場合には、その企業に勤めている方の就労支援をすることが主な役割となっています。
与えられた役割の違いは、公立と企業主導型、2つの保育園における大きな違いだと感じています。
――保育時間などにも、違いはあるのでしょうか。
公立の場合には、保育園に子どもを預けたあとに、職場に出勤するので、どうしても朝早くからの保育が必要となりますが、企業主導型の場合には、その企業で働く方の勤務時間にあわせて保育がスタートします。
「HUTTE(ヒュッテ)」の保育時間は7時~18時が基本保育時間、延長保育が20時までですが、保護者の方が通勤ラッシュを避けて出勤されることもあり、現在はだいたい9時20分くらいから18時くらいまでお子さんを預かっています。
――保護者の方が同じビルの中にいる、という環境は、子どもの発熱などイレギュラーなことがあったときにも安心ですね。
開所してから今までに、発熱などで保護者の方をお呼び出しするような事例はなかったのですが、やはり企業主導型保育所は、保護者と連携を取りやすい環境にあると思いますね。
私たち保育士にとっても、すぐに連絡のつく環境は安心できますが、保護者の方にとっても、すぐ近くに預けているという安心感があると思います。
子どもたちと深くかかわり、愛着形成期にともにいられる喜び
――企業主導型保育所で働くうえでの「やりがい」はなんですか?
大規模な保育園では、自分のクラスを持ち、行事を行い、卒園で子どもたちを送り出すという達成感を味わえますが、そのいっぽうで、子どもたち一人ひとりと、深い関わりを持つことは難しくなってしまいます。
企業主導型保育所では、子どもたちとじっくり関わることができますので、その点は企業主導型保育所ならではのやりがいだと思います。
また、0歳から2歳までは、「愛着の形成期」なんですね。心の成長に欠かせない愛着の形成期に、子どもたちと向き合うことができるというのは、とてもうれしいことです。
――この時期の子どもたちは、毎日が成長ですものね!
ときには、「寝返りをした」「ハイハイができるようになった」など、子どもたちの成長の瞬間を、保護者の方よりも先に見てしまうようなこともあります。
心身ともに日々成長していく、子どもたちにとって一番大切な時期に一緒にいられるということは、本当に保育士冥利に尽きることだと思っています。
開所から1ヶ月半で「大きくなった」子どもたち
――「HUTTE(ヒュッテ)」が開所してから1ヶ月半が経ちますが、子どもたちの様子はいかがですか?
この1ヶ月半で、子どもたちがとても大きくなりました!体が小さい分、成長がとても早いですね。首が据わっていないお子さんもいたのですが、今ではすっかり据わりました。
園生活にも慣れて、だいぶ1日中笑顔で過ごせるようになってきましたよ。
保護者の笑顔も増えた
また、保護者の方の笑顔も増えましたね。小さなお子さんを「はじめて」預ける、それと同時に仕事に復帰するというのは、やはり緊張することだと思います。
はじめのうちは、どこか“構えた”表情をされている方もいらっしゃったのですが、1ヶ月半が経って、子どもたちが慣れてくるなかで、だんだんと笑顔が増えてきましたね。
企業主導型保育所で働くうえで必要なこととは
――今後、企業主導型保育所で働きたいと考える保育士さんに向けて、企業主導型保育所で働くうえで必要なことを教えてください。
「自分自身がどういったところにやりがいを感じるか」は、保育士さんごとに違います。
クラスをまとめることにやりがいを感じる方もいれば、子どもたち一人ひとりと密にかかわることにやりがいを感じる方もいるでしょう。
まずは「自分がどのように子どもと関わっていきたいのか」ということをじっくり考えてみてほしいなと思います。それをわからないまま職場を決めると、ミスマッチにもつながりかねないと思います。
経験を重ねて「保育士として目指す姿」を見つけてほしい
――「HUTTE(ヒュッテ)」で働く保育士さんたちに、今後どのように成長していってほしいと思いますか?
保育は毎日の「積み重ね」。その積み重ねのなかで自分の保育感などができあがってくるものだと思うんですね。だからこそ、とくに若い保育士さんは、どんどん経験を積み重ねて、「自分の保育」というものを確立していってほしいと思っています。
たくさんの経験を積み重ねて、「自分がどんな保育士になりたいのか」というビジョンを見つけてほしいなと思いますね。
編集者より
終始おだやかな表情でインタビューを受けてくれた安藤先生。そのやさしいまなざしのなかには、子どもたちの成長を見守るあたたかい視点だけでなく、長年の経験の中で確立したご自身の「保育感」や保育に対する強い思いを感じました。
「保育は毎日の積み重ね」というのは、経験を重ねた保育士さんならば、共感できることなのではないでしょうか。
今回のインタビューは、企業主導型保育の魅力をうかがうものでしたが、それ以上に「保育」そのものの魅力をも教えていただいたような気がしました。
※この取材記事の内容は、2018年8月に行った取材に基づき作成しています。