「事故やケガのない安全な環境で子どもたちの保育がしたい」保育士ならば、誰しもがそう願うことでしょう。子どもたちが安全に過ごせる環境を整えることは、保育の基本でもあり、また保育士の重要な役割でもあります。
しかし、保育園において子どもが命を落としたり、深刻なケガを負う事故は、毎年後を絶ちません。また、重大な事故は起こっていないものの、安全を守るという責任が、保育士個人に丸投げされ、全体として十分な対策が取られていない、という園も多いのではないでしょうか。
そこで、今回は保育園における「リスクマネジメント」について、その重要性や、実践のポイントを解説します。
園全体の責任を負う園長先生だけでなく、主任保育士さんや新人の保育士さんも知っておくべき内容ですので、いっしょに学んでいきましょう。
保育園におけるリスクマネジメントの重要性とは
保育の内容について、厚生労働省が定めた保育所保育指針には、保育所の安全について次のように記されています。
子どもの健康及び安全は、子どもの生命の保持と健やかな生活の基本であり、保育所においては、一人一人の子どもの健康の保持及び増進並びに安全の確保とともに、保育所の子ども集団全体の健康及び安全の確保に努めなければならない。(第五章 健康及び安全より一部抜粋)
大切な子どもたちの命を預かる以上、その命が危険にさらされるような事故は、絶対にあってはなりません。
しかしながら、今までの保育を振り返ってみてください。今までに「大事には至らなかったものの、園児が保育中に小さなケガをした」「危うくケガをしそうになってヒヤリとした」といった経験を持っている保育士さんも、少なくないでしょう。
ちょっとしたヒヤリ・ハット(※)や、かすり傷程度のケガは、「子どもにはよくあること」と軽視されてしまいがちですが、そこにはかならず、なんらかの「危険性=リスク」が潜んでいます。
そのリスクを認識せずにいる、あるいは認識していても「大したことではないだろう」と放置していると、「万が一」が生じたときに、子どもたちの安全が、脅かされてしまいます。
今までは、保育士さんの努力や経験によって、ヒヤリ・ハットの段階で未然に事故を予防できたり、運よくかすり傷程度の軽傷で済んでいたりしたかもしれません。しかし、もしも「万が一」が起こってしまったら……?
子どもの安全な保育環境を整えるためには、その場に居合わせるのがどのような保育士さんであろうと、ヒヤリ・ハットや事故が起こらない「組織的な仕組みづくり」が必要なのです。
- ※ヒヤリハットとは
- ヒヤリハットとは、重大な事故にはならなかったものの、事故につながる可能性のあった、できごと(インシデント)に対する気づき・発見のことです。
そもそもリスクマネジメントとは?
リスクマネジメントとは、危険性(リスク)をさまざまな方法で管理(マネジメント)することで、「万が一のできごと」を事前に防ぐためのものです。
保育園におけるリスクマネジメントは、子どもたちが命を失ってしまう、深刻なケガを負うなどの危険にさらされること、また、そのことで保育園の評判が下がる、閉鎖に追い込まれるなどの、深刻な悪影響を受けることを防ぐため、さまざまな面から対策をとることです。
- 【ポイント】
- 保育においては、成長の途上にある子どもたちを預かるなかで、リスクを完全にゼロにすることは難しいでしょう。しかし、保育園のリスクマネジメントにおいては、そのリスクを最小限にするということが重要です。
その事故報告を受けて、いかに再発しないようにするか、園全体で考えて対策をとる必要があるんだホィ!
なぜ保育園に必要なの?
近年、保育所におけるリスクマネジメントの必要性が注目されるようになりました。その背景には次のような理由があります。
◆事故が起きたら…保育園が失うもの
万が一、子どもたちの命が脅かされるような、深刻なできごとが起こってしまったら、子どもの命や健康以外にも、保育園が失うものがあります。それは園に対する社会的な信頼です。
保護者はもちろん、地域の人々からの信頼を失ってしまえば、クレームが増える、SNSなどを通じて、園の悪い情報が拡散されてしまうなどの可能性があります。また最悪の場合、園の運営そのものが成り立たなくなることもあるでしょう。
◆「経験」に頼った安全対策の危うさ
保育士の勤続年数が、比較的短くなっていることや、働き方の多様化で、パート・アルバイトなどの非常勤保育士の割合が増加していることも、理由のひとつです。
これらの状況から、事故の経験と反省から学んだことが「自然と蓄積される」、また、その学びが先輩から後輩へ伝えられて園全体に浸透する、という一連の流れが機能しにくくなっていることも考えられます。
経験年数や、雇用形態にかかわらず、誰であってもリスクに気づき、事故を回避できる仕組みづくりが必要だと言えるでしょう。
◆保護者の意識の変化
少子化や、子育て環境の変化で、保護者の意識が変わってきたことも、リスクマネジメントが必要とされる理由のひとつです。
リスクマネジメントを実践しよう!
では、どのようにして、リスクマネジメントに取り組めばよいのでしょうか。ここからは、その実践方法についてご紹介していきます。
職員全員で取り組むことが大切!
まず、リスクマネジメントの取り組みは、一部の職員が会議を開くだけでは成り立ちません。
園長はもちろん、担任や副担任など立場の区別や、雇用形態の区別なく、職員全員で取り組むべきものであるということを認識しましょう。
◆責任者を決めてリスクマネジメント委員会を組織しよう!
リスクマネジメントにおいては、園長や所長が責任者となりますが、中心的に取り組みを行う現場のリーダーを定めることが必要です。まずは、経験豊富な主任保育士など、リスクマネジメント実践の中心となる「リスクマネージャー」を決めましょう。
リスクマネジメント委員会のメンバーには、担任など、クラス運営を任されている保育士を置きます。
【リスクマネジメント委員会の仕事は?】
リスクマネジメント委員会では、次のようなことを実施します。
- リスクマネジメント会議の開催
- ヒヤリ・ハット報告の提出促進
- ヒヤリ・ハットの分析
- 事故防止対策の検討
- 実施する対策の周知徹底
- 研修・教育の内容検討と実施
- 対策効果の振り返り・見直し
- 園長(責任者)への取り組み提案・相談
- 事故防止マニュアル作成・見直し
- 設備の安全点検・修繕
- 事故等発生時の園長への報告・連絡
では実際にリスクマネジメント委員会の取り組みを確認していきましょう。
【ステップ1】リスクの発見・洗い出しを行う
まずは、園内のリスクを発見する必要があります。今までの事故報告書を見直し、保育士全員を対象に、園内のヒヤリ・ハット報告書をあげてもらうなど、保育園が抱えているリスクを洗い出しましょう。
- 【リスクを発見・洗い出す方法の例】
- ・今までの事故報告書を見直す
- ・保育士全員に「ヒヤリ・ハット報告書」を提出してもらう
◆リスクとハザードの違いとは
リスクとは、子どもたちの命や園の社会的信頼などに、悪影響となる可能性のある「危険」=ハザードによって、深刻な事故が起こる確率のことをいいます。
◆ヒヤリ・ハットを報告する体制を作ろう
ヒヤリ・ハットの事例を集めるには、現場の保育士一人ひとりが、意識的にヒヤリ・ハット体験に目を向けること、そしてその報告をしやすい環境を作ることが欠かせません。
- 【ヒヤリ・ハットを報告しやすい環境づくりのポイント】
- ・保育士にとって負担の少ない報告書のフォーマットを作成する
- ・園長やリスクマネージャ―が積極的に働きかけ、ヒヤリ・ハットに対する園全体の意識を高める
- ・当番制にして、担当は1日最低1枚提出するなど、報告が定着する仕組みをつくる
- ・ヒヤリ・ハット報告書の提出=ミスの報告とならないよう、ルールを制定する
ヒヤリ・ハット報告書は、事故報告書とは分けて、書きやすい書式を用意しておくとよいでしょう。
- 【ヒヤリ・ハット報告書に作成する記入項目の例】
- ・ヒヤリ・ハットを体験した日時・場所
- ・体験者(保育士)の氏名
- ・体験者(保育士)の保育経験年数
- ・体験者(保育士)の勤務形態
- ・園児名(イニシャル)
- ・年齢・月齢
- ・忙しさの度合い
- ・体験時に現場にいた保育士の人数(配置図など)
- ・どのようなできごとだったか(転落・転倒・かみつきなどの分類)
- ・ヒヤリ・ハットの内容
- ・どうすれば予防できたか
- ・体験で得た教訓・学び
【ステップ2】リスクを評価・分析する
ヒヤリ・ハット報告書がある程度集まったら、保育園におけるリスクの評価と分析を行いましょう。まずは、リスクマネジメント委員会のメンバーが集まり、提出された報告書を集計します。
◆事故が起こりやすい状況を分析しよう
ヒヤリ・ハットが発生した曜日や時間帯、場所、子どもの年齢や月齢、どのようなできごとだったか(転落・転倒などの分類)という項目ごとにグラフを作成しましょう。集計した情報を可視化することで、「どの時間帯に事故が起こりやすくなっているか」「どんな場所に危険があるか」などを確認することができます。
次に、集計の結果や、個々のヒヤリ・ハット事例を評価し、分析が必要な事例の絞り込みを行います。
とくに「繰り返し起きている、似たようなヒヤリ・ハット」「発生頻度は高くないものの、重大な事故につながりかねないヒヤリ・ハット」については、優先的に分析するようにしましょう。
◆分析にはSHELLモデルを活用しよう
事故やヒヤリ・ハットの要因を分析する際に、活用したいのが「SHELL(シェル)モデル」です。SHELLモデルとは、ヒューマンエラーが引き起こされる要因を5つの要素に分けて分析する手法のことです。
意味 | 内容 | |
---|---|---|
S | Software(ソフトウェア) | マニュアル・規則・習慣などシステムの要因 |
H | Hardware(ハードウェア) | 施設・設備の要因 |
E | Environment(環境) | 勤務状況・雰囲気など環境の要因 |
L | Liveware(当事者) | 担当保育士の要因 |
L | Liveware(他人) | それ以外の人の要因 |
事故やヒヤリ・ハットの原因を探ると、保育士の不注意やうっかり(ヒューマンエラー)が原因と考えられるケースも多くありますが、分析の際には「なぜそのヒューマンエラーが起こったのか」を検討し、対策を検討する必要があります。
ヒヤリ・ハット事例について分析をする場合には、このSHELLモデルに当てはめて、背景にどのような要因が隠れているのか、委員会で話し合ってみるとよいでしょう。
【ステップ3】対策を検討する
リスクの分析ができたら、事故を予防するための対策を具体的に考えていきます。同じ状況に、どの保育士がいたとしても、事故を未然に防げるように、委員会で意見を出し合いましょう。
【ステップ4】実践後にふりかえりをする
対策を一定期間実施したのちには、その対策の効果を確認するために、ふりかえりを行います。効果のあったものについては、事故防止マニュアルに加えるなど、文書で記録を残しておきましょう。
◆PDCAサイクルを回そう
効果が不十分な対策や、改善が必要な対策については、再度委員会で検討し、改めて対策を実施します。
これまでご紹介してきたように、リスクマネジメント委員会の取り組みは、リスクを軽減し、より事故が起こりにくい仕組みを作るための改善サイクル(PDCAサイクル)を回し続けることが必要です。
PDCAサイクルとは、下記の4つの項目からなる業務改善の手法のひとつです。
意味 | 内容 | |
---|---|---|
P | Plan(計画) | 事故防止の対策を練る |
D | Do(実行) | 対策を実行する |
C | Check(検証) | 対策の効果を検証する |
A | Action(行動) | 業務への組み入れやルール化、マニュアルの作成などを行う |
【ステップ5】事故防止マニュアルの作成
リスクマネジメント委員会で話しあわれた、事故を未然に防ぐために注意すべきポイントは、事故防止マニュアルにまとめましょう。
行事での事故予防対策や、地震や台風などの災害時の対応についてまとめておくことで、頻度の少ないリスクに遭遇した場合でも、冷静に対処ができるでしょう。
◆事故が起こった「あとの対応」も大切
子どもたちの命や園の運営を脅かす、重大なできごとを事前に防ぐことが「リスクマネジメント」であるのに対して、事故などが実際に起こってしまったあとの適切な対応法を検討することを「クライシスマネジメント(危機管理)」といいます。
その目的は、万が一にも事故が起こってしまった際に、迅速に対応し、できる限り事故の影響を少なくすることです。
子どもたちの安全を守るためにも、保育園においては、リスクマネジメント、クライシスマネジメント、その両方を実施していく必要があると言えるでしょう。
編集者より
毎日多忙な保育士さんにとって、リスクマネジメントの活動は、時間や手間のかかることかもしれません。しかし、リスクマネジメントは子どもたちだけでなく、保育士さんにとっては自身を守るためのものでもあります。
リスクマネジメントの実践が、園全体の安全品質を高めることにつながれば、安全な保育が実践できるだけでなく、保育や保育士の専門性に対する評価を高めることにも、つながるでしょう。
「リスクマネジメント=悪いことが起こらないようにするためのもの」というネガティブな見方をするだけではなく、より前向きに捉えて、実践できるとよいですね。
参考文献・サイト
- 関川芳考(2008)『保育士と考える実践保育リスクマネジメント講座』全国社会福祉協議会
- 掛札逸美(2012)『乳幼児の事故予防―保育者のためのリスク・マネジメント―』ぎょうせい
- スゴいい保育 保育のいまの声と必要な未来を伝えるサイト『リスクマネジメントの基礎知識。保育のリスクとハザードの違いって?』(2018/10/3)
- 保育の安全管理向上・IcT導入支援ほか組織づくりコーチング『保育のリスクとハザードの定義(リスクマネジメントの基礎知識)』
(2018/10/3)