東京都世田谷区、人々の生活が根付く桜新町の住宅街のなかに、「給食を残す子がほとんどいない園」として多くのメディアに取り上げられる保育園があります。
その名は「さくらしんまち保育園」。
セミ・バイキング形式というユニークな給食形態や、子ども達が自分で食事時間を決める独自のスタイルなどが大きな話題を集め、いまや全国から見学者が訪れる人気園として知られるようになりました。
しかし、実際に園を訪れてみると、その魅力は給食だけにとどまらず、園生活のいたるところに、子ども達の笑顔と成長につながる工夫がされていることに気づかされます。
今回は、そんなさくらしんまち保育園の魅力についてお話をうかがってきました。
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*シリーズ「保育ノゲンバ」は、保育施設や保育士・園長先生などにフォーカスし、保育の現場(ゲンバ)をお伝えするリポート取材連載です。
さくらしんまち保育園ってどんなところ?
さくらしんまち保育園は、東京都と神奈川県に7つの保育園を展開する社会福祉法人菊清会が運営する認可保育園です。
その園舎は、「サザエさんの街」としても親しまれている東京都世田谷区の桜新町にあります。
2008年に設立された2階建ての園舎には、0歳児クラスから5歳児クラスまで100名の子ども達が生活しています。
木のぬくもりを感じるアットホームな園内
園内に入ると目に飛び込んでくるのは、木材をふんだんに使った、居心地のよさそうな空間。
壁や床一面に使われた木のやさしい色合いが、心安らぐあたたかな印象を与えてくれます。
1階には職員のための事務室や3・4・5歳児の保育室、調理室やランチルームがあり、2階には0・1歳、2歳児の保育室や会議室、沐浴や調乳のためのスペースがあります。
「アットホームさ」が特徴的という園舎のデザイン。じつは照明にもこだわりがあるのだそう。
保育室やランチルーム、エントランスなどの明かりには、一般的に使われる昼光色ではなく、よりあたたかみのある電球色のものが使われ、子ども達にとって一日中心安らげる空間になるよう工夫されていました。
キーワードは「選ぶ機会」!さくらしんまち保育園の保育の特徴
ここからは、さくらしんまち保育園の日々の保育について、園長である小嶋 泰輔(こじま だいすけ)さんに、詳しくお話をうかがいます。
――さくらしんまち保育園では、どのような保育を実践されているのでしょうか
小嶋泰輔 園長(以下、小嶋):まず、さくらしんまち保育園の保育の特徴として、子ども達が「自ら選択する機会」を大切にしています。
たとえば、朝の集まりが終わったのち、朝9時~9時30分頃からスタートする主活動では「公園に行って遊ぶ?それともお部屋遊ぶ?」というように、子ども達にやりたいことを聞き、それぞれ活動の内容を選択してもらうようにしています。
――子ども達が自分のやりたいことを選択できる……集団生活においてはとても珍しい取り組みですね
小嶋:集団に属している=「個」がないがしろにされていい、ということではないと思うんです。
もちろんみんなでなにか同じ活動をする、ということもありますが、できる限り子ども達の気持ちを大切にしながら、日々の保育を組み立てていますね。
「強制的にやらせる」のではなくて、選択肢のなかから自分の意志で選んだものに取り組んでもらう。そうすることで、子ども達がより生き生きと園生活を送ることができると考えています。
「させる保育」からの脱却で子どもも保育士さんも笑顔に
小嶋:たとえば、本当はお部屋でブロック遊びの続きがしたかった子を、無理やり公園に連れて行ったとしましょう。
すると、なかなかモチベーションがあがらず、すぐに退屈してしまったり、疲れてしまったりすることが多いんです。
そうなれば、保育士さん達は「どうにかしなくては」と必死にその子を歩かせようとしたり、叱ってしまったりすることになりかねません。
これでは子どもにとっても、保育士さんにとっても「幸せな時間」とは言えないですよね……。
しかし、はじめから「公園に行って遊びたい!」と思っている子どもなら、気持ちと活動の内容が一致している。だから意欲も高く、自然とスムーズに活動を進められるんです。
――なるほど、子ども達にとってはもちろん、保育士さんにとっても大きなメリットがあるのですね
小嶋:叱りながら無理やりやらせるという保育のあり方は、子ども達にとって辛いだけでなく、保育士さんのモチベーションも下げてしまいます。
子ども自身に活動を選択してもらうことは、保育士さんにとってもプラスになっていると思いますね。
子どもの「やりたい気持ち」に寄りそう「コーナー保育」
――保育室を拝見すると、ブロックやおままごとなど、遊びごとに仕切りが設けられていますね
小嶋:さくらしんまち保育園では、さまざまな遊びごとにスペースを区切った「コーナー保育」を導入しており、子ども達は興味のある遊びを選ぶことができます。
――ぐすったり、遊びに飽きて走り回るような姿がありませんね……遊びにすごく集中しているのがわかります
小嶋:強制的に遊びを限定しないからこそ、子ども達はそれぞれの遊びの世界に夢中になることができます。
だからこそ、保育士さんも「〇〇して!」と大声で指示したり、無理やりまとめたりしなくてもいい。遊びに集中する子ども達に寄り添うことができるんです。
遊ぶ・食べる・寝る場所は別々に……
――遊ぶ場所・食事の場所・午睡の場所がそれぞれ分かれているとうかがいました
小嶋:はい。さくらしんまち保育園では、子ども達全員が同じ時間に給食を食べるのではなく、自分の好きなタイミングで食事を摂れるようにしています。
食べ終わる時間が違うから、当然お昼寝の時間だって変ってくる。だから「遊び」「食事」「睡眠」と用途ごとに部屋を分けているんです。
――一人ひとりの生活リズムにあわせた保育をするための工夫、という訳ですね
小嶋:もしもひとつの部屋で保育をしていたら、食事の時間が近づけば強制的に部屋を片付けなくてはなりませんよね。
時間的制約があるので、ある保育士さんは食事の準備に追われ、その間ほかの保育士さんは子ども達を部屋の隅に寄せて、絵本を読み聞かせる……そんな強制的な「させる保育」になってしまいがちです。
また、お昼寝の時間が近づけば、今度は食べ終わらない子どもを急かしたり、強制的に食事を終了させたりして同じ場所を片付け、布団を敷かなくてはなりません。
遊び・食事・睡眠、それぞれの用途にあわせた場所を用意することは、子ども達一人ひとりを大切にする保育を実現するためにも欠かせないことなんです。
さくらしんまち保育園が大切にする3つの保育方針
――さくらしんまち保育園は3つの保育方針を掲げられていますよね。そこに込められた思いについてもお聞かせいただけますか?
小嶋:さくらしんまち保育園では『一人ひとりを大切にする保育』『100対1の保育』『楽しく美味しい給食』という3つの保育方針を大切にしています。
『一人ひとりを大切にする保育』
小嶋:僕らはみんな集団に属しています。だから、たとえば「さくらしんまち保育園の職員」「園児」というように、“集団”として扱われることがしばしばありますよね。
しかし、集団のなかであっても、一人ひとり、それぞれの思いや考えは異なります。
『一人ひとりを大切にする保育』という保育方針には、集団の名のもとに個人としての思いを封じ込めるのではなく、それぞれの考え方や気持ちを大切にしたいという思いが込められています。
『100対1の保育』
小嶋:子ども達が学ぶのは、なにも保育士などの大人からだけではありません。子どもはほかの子どもからも多くを学ぶもの。とくに年上の子ども達の存在は、ときには憧れの対象にもなりうるものです。
「お兄ちゃん・お姉ちゃんはあんなことができるんだ!すごいな~、僕(私)もああなりたいな!!」そんな気持ちは、子ども達を大きく成長させてくれるでしょう。
しかし、クラスを年齢別に分け、それぞれが孤立した状態にしておいては、年齢の異なる子ども達と交流する機会がなくなってしまいますよね。
――たしかに、今は少子化などで家庭でも異年齢の子どもと関わる機会が減っていると言いますから、保育園での子ども同士の交流は貴重ですね……
小嶋:だからこそ、「クラス」という壁を取り払う必要があったんです。
さくらしんまち保育園では、3歳児~5歳児まで異年齢保育を取り入れています。また、2歳児までのクラスでも、0~2歳児までが一緒のスペースで給食を食べるなど、年齢にとらわれずに子ども同士交流が持てるように工夫しています。
小嶋:1人の子が、他の多くの園児達と接することができるようにする。
それを実現するためにも、さくらしんまち保育園では保育士さんがクラスの枠にとらわれずに子どものことを把握しようと努力する、つまり1人の職員が100人の子ども達と向き合うという姿勢を大切にしているんです。
『楽しく美味しい給食』
小嶋:注目していただきたいのは、この方針は「美味しく楽しい給食」ではない、ということです。
「美味しいものを楽しく」ではなくて、「楽しいからこそ美味しい」。“楽しさ”が先になければダメなんですね。
子ども同士や職員とのかかわり合いを通じて、食事を楽しいと感じ、食に対して前向きな気持ちになれる。子どもが自然と「食べたい」と思えるような環境を作ることが大切だと考えています。
――なるほど、日々の保育活動にしても、給食にしても、常に子ども達の思いや気持ちを大切にされているのですね!
個性的な給食スタイルにも注目!
さくらしんまち保育園は「給食を残す子どもがほとんどいない園」としても有名です。
その知名度は、たびたびテレビや雑誌などのメディアの取材を受けるほど。また、『偏食解消で大人気。さくらしんまち保育園の給食レシピ』(メディアファクトリー)という書籍も出版されています。
ここからは、さくらしんまち保育園の給食について、詳しくお話をうかがっていきます。
食事の時間は自分で決める
――さきほど、さくらしんまち保育園では給食の時間を自由に決められると伺いました。保育園としては珍しいシステムですね
小嶋:一般的には、保育園の給食の時間は一律に決まっている場合が多いと思いますが、さくらしんまち保育園では、子ども達自身にランチタイムを選んでもらうようにしています。
ランチルームのテーブルごとにだいたいの食事時間が決まっていて、11時半くらいから13時半くらいの間で給食を食べるようにしていますね。
――なぜ給食の時間を子ども達自身で選択できるようにしたのでしょうか
小嶋:保育園は小学校などと異なり、子どもの登園時間に大きな差があります。また、家庭ごとに起床時間や食事時間などの生活リズムも異なりますし、まだ幼い子ども達にとっては月齢などによる発達の差も大きい。
だから、同じ時間であっても給食を「食べたい」と思う子もいれば、「まだ食べたくない」と思う子もいるんですよね。
嫌々食事に向き合うよりも、自分の食べたい時間に食卓についた方が、楽しく食事に向き合えると思うんです。
だからこそ子ども達に時間的な「強制」をしない。自分が心地よく食事ができる時間を選んでもらうようにしています。
――なるほど。そろそろ子ども達がランチルームに集まってくる時間でしょうか。園内に音楽が流れはじめましたが……
小嶋:じつはこれがランチタイムスタートの合図なんです。
落ち着いた気持ちで食事を楽しめるよう、ランチタイムには子ども向けのジャズやボサノバなどのBGMを流しています。
自分が食べられる量をよそってもらう「セミ・バイキング形式」
――自分で食事時間を選ぶ以外にも、給食の提供で工夫されていることはありますか?
小嶋:「給食」というと、決まったメニューが規定量盛られたものが提供される、というイメージが強いと思いますが、さくらしんまち保育園では「セミ・バイキング形式」を採用しています。
セミ・バイキング形式とは、子ども達が「ごはんは少なめ」「ミニトマトは1個だけにして」「スープは多めで!」など、職員に要望を伝え、子ども達の希望に合わせた量をよそってもらうというスタイルです。
――自分で「食べられる」と思う量だけを配膳してもらう、ということですね
小嶋:自分で「食べる」と言った量の食事を摂るので、さくらしんまち保育園ではほとんど残食が出ません。
子ども達は、自分が食べたい時間、食べたい量を自分で選んで食事を摂っている。だからこそ「責任感」が生まれるんですね。
それは、「食べなければいけない」というように、他者に押し付けられた責任感ではなく、「自分で決めたから」という、自然で前向きな責任感です。
――給食においても「選ぶ機会」が与えられていることが、子ども達にとってプラスになっているのですね。
苦手なものは「無理強いしない」
――苦手な食材は「食べない」という選択もOKなのでしょうか?
小嶋:そうですね。決して「食べなさい」と無理強いはしません。
でも、好き嫌いを放置する訳ではありません。調理方法に工夫を凝らしたり、なにが苦手の要因になっているかを分析したり、興味を持ってもらえるように、調理の風景を見られるようにしたり、あるいはその食材が大好物! という子と同じテーブルに座ってもらったり……。
苦手なものでも「食べてみようかな……」と前向きに思えるような環境づくり・職員からのフォローを心がけています。
――なるほど、あくまで自分から「食べる」という選択ができるように導いて行くのですね
保育士さんも子ども達と一緒にランチ
――子ども達が騒いだりぐずったりせず、食事を楽しんでいる光景がとても印象的ですね
小嶋:食事の時間を固定してしまうと、どうしても「まだ食べたくない」という子を無理やり食卓に向かわせることになります。
しかし、「食べたい」と思っている子が食卓についているから、子ども達の心が満たされた状態で食事に向き合えるんですね。
さくらしんまち保育園では、保育士さんも子ども達と一緒に、落ち着いて食事を摂ることができます。
「選ぶ力」が子どもの主体性を育む
――ここまでのお話で、遊びにおいても給食においても、子ども達の「選択の機会」を大切にしていることがよくわかりました。「選ぶ」というキーワードにこだわられている理由はなんでしょうか
小嶋:たとえば、買いものに行ってなにか商品を買うとき、「今夜の夕食はなににしようかな……」と献立を決めるとき、僕らはいつも「選択」をしていますよね。
次の休みの予定を立てたり、人生の大切なパートナーを決めたりするときですら、ゼロから考えるのではなく、いくつかの選択肢のなかから「選ぶ」ということをしている。
いわば、「選ぶ」ことが、楽しい毎日の暮らしを築きあげているんです。
だからこそ、子ども達には「選ぶ力」を身につけてほしい。「選ぶ力」は子ども達の主体性につながるものですから……。
主体性とは自ら「選ぶ力」があることで発揮される
――主体性は、大人になっても多方面で求められる能力ですね。それを身につけるために「選ぶ力」が欠かせない、と
小嶋:昨今、多くの保育の現場で「主体性を育む」という目標が掲げられていますが、いざ「主体性とはなにか?」と問われたとき、明確な答えが出せないというケースもあるかもしれません。
「主体性」とは選択をすることによって、はじめて発揮されるものなんです。
子ども達に今から多くの選択肢を与えてあげる、そうすることで主体性の根っことなる「選ぶ力」を育んでいきたいと考えています。
ゴールはない。だからこそ前に進み続けていきたい
――最後に、さくらしんまち保育園を今後どのような園にしていきたいですか?
小嶋:保育園には、卒園式など「区切り」ともいえるような行事もあります。しかし、卒園式が終わっても、園の日々はずっとずっと続いていくもの。
その道には決してゴールはないと思っています。
だからこそ、子ども達のためになにができるのかを考えて、試行錯誤しながら前に進んでいきたい。アップデートをし続けていきたいなと思いますね。
――小嶋先生、今日はステキなお話をありがとうございました!
保育士・保護者の見学も大歓迎!
取材の最後に「見学や取材は大歓迎です!」と話してくださった小嶋園長。
さくらしんまち保育園の保育内容に興味のある保育士さん・保護者の方は、子どもを尊重し、あたたかい保育を実践する園の雰囲気を肌で感じてみてはいかがでしょうか。
【さくらしんまち保育園ホームページはコチラ】
園情報の詳細や連絡先はホームページに掲載されています!
http://www.sakurashinmachihoikuen.com/
編集者より
偏食解消や、セミ・バイキングという特徴的な給食を提供しているという切り口で紹介されることの多い「さくらしんまち保育園」。
しかし、特徴ある取り組みの裏にあるのはあくまでも「子ども達への想い」でした。
子ども達の生きる力を育むために「選ぶ力」を育てていきたい、一人ひとりの子どもが尊重される保育でありたいという、揺るぎない想いを追求し続けたからこそ、今のさくらしんまち保育園の姿があるのだと感じました。
定員100名という大規模な園で、ここまで子ども達の「個」を尊重した保育を実現するためには、体制づくりもさることながら、職員の意識を高く保つ工夫も欠かせないもの。
次回は園長の小嶋 泰輔さんに、園長就任後にぶつかった課題と、職員が生き生きと働ける園にするための仕組みづくりについてお話をうかがいます!