専門性を捨てる!「ナラティブ・アプローチ」を使って子どもや保護者の心をほぐそう
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ナラティブ・アプローチってご存じですか?1990年代以降、対人支援の現場で広く実践されるようになっている支援方法です。従来の方法では解決困難だった問題を解決できることも多く、各種専門家の注目を集めています。

子どもや保護者さんと接する中で問題が起き、何をしてもうまくいかずに困り果ててしまったこと、ありませんか?今回は、保育士さんが日々のお仕事のなかでナラティブ・アプローチを実践し、子どもや保護者さんの心をほぐして難しい事態を打開していくための方法についてお届けします!

ナラティブ・アプローチとは

ナラティブ(narrative)は、日本語では「物語」、「語り」、「声」などと表現されます。アプローチは、「近づく」「交渉する」「話を持ちかける」などの意味があります。まとめると「物語に近づく」ということになりますね。

ナラティブ・アプローチは、1990年代に、心理の専門職の人たちが生み出した支援方法のひとつです。「社会構成(構築)主義」という、「社会は人の心や感情の中で形作られるもので、人の心や感情を離れては存在しない」という社会学の立場の応用から生まれました。2016年現在、これは医療、ソーシャルワークなどの分野にも広がっていて、社会学などの学問分野でも注目を集めています。

ナラティブ・アプローチの方法と特徴

いままでにない立ち位置

ナラティブ・アプローチの立場に立つ人たちは、「従来の対人支援の現場には、支援者と被支援者の間に大きな『力の差』がある」ということに問題意識を持ちました。常に支援者のほうが強く、被支援者のほうが弱い立場に置かれるというのです。

一般的にカウンセラー、医師、ソーシャルワーカーなどの支援者は、支援される人についての情報を持った形で支援に入ります。また、彼らはそれぞれの専門知識を持っています。

いっぽうで支援される人は、自分を支援してくれる人について知らないし、専門知識も持っていません。そして支援を受けるということは、何か困難にぶつかって困り、疲れ、弱っている状態にあると言えるでしょう。支援される人は、支援者と比べると圧倒的に小さな力しか持っていないのです。

力の差が生じることで、支援者が相手に対し、何か無理なアドバイスをしたり、気持ちを抑えつけたりといった行為をした場合、被支援者は反論ができずに従ったり、追いつめられたりしてしまう、という事態も起こりえます。

ナラティブ・アプローチは、こうした支援者と被支援者との間の圧倒的な力の差に気づき、これをなんとかして打開していこうとするものでした。

専門性を捨てる。「支援」せずに支援する

上に書きましたように、支援者と被支援者の間には、力の差が生じます。どうしたらこの力の差を消していけるのでしょうか。

ナラティブ・アプローチを使う人たちが意識して実践しているのは、

支援者が専門性を捨て、「無知の態度」で支援にあたる

というあり方です。支援者が専門性を捨て、「支援者」であることをやめれば、いままでのような一方的な「支援者 – 非支援者」の関係性も崩していけるだろう、と彼らは考えました。

この考え方は対人支援職の分野で大きな議論を呼びました。「支援者が専門性を捨てるなら、専門家などいらないではないか。専門性に対する侮辱だ」といった批判も多く起こりました。

しかし、次第に従来の支援方法ではどうしてもうまく解決に至ることのできなかった「困難事例」を、大きくよい方向に動かしていけるケースが増えてきました。2016年現在、ナラティブ・アプローチは一部で批判もありつつ、多くの対人支援分野で実践されています。

保育士さんが取り入れたいナラティブ・アプローチ的考え方

以下、保育士さんが取り入れたいナラティブ・アプローチの考え方について解説していきます。

ナラティブ・アプローチの手法

まず、ナラティブ・アプローチの代表的な手法について

ナラティヴ・ソーシャルワーク―“〈支援〉しない支援”の方法

を参考に解説していきます。()内は専門用語です。

支援者は無知の態度で被支援者にあたり、被支援者の語り(ナラティブ)を引き出す
(外在化)

語りのなかで、被支援者がこだわっている「大きな物語(ドミナント・ストーリー)」を見つけ出す

注意深く聞いていると、大きな物語から見ると例外に思えるような語りも出てくる

この「例外の物語」を逃さず、引き出していって強化し、力強い物語にする
(ユニークアウトカムの発見、オルタナティブ・ストーリーの強化)

「大きな物語」が解きほぐされ、被支援者が問題を乗り越える力を発揮できるようになる。または、被支援者に関わる周囲の人たちが被支援者に対する考え方を変える

結果的に、最初に問題とされていたものが解消に向かって動き出しやすくなる

子どもへの直接の実践には限界がある?

ナラティブ・アプローチを成功させるには、支援される側が自分について語るための十分な能力を持っている必要があります。ですから、子どもや知的障害者、認知症患者などの支援については限界があるとも言われています。保育士さんが園児に直接実践しようとするのには少し無理があるかもしれません。

たとえば保護者対応に使ってみよう

というわけで、保育士さんが仕事の中でナラティブ・アプローチを実践する方法を考えてみましょう。

保育士さんにとって、保護者対応も重要かつ難しい仕事のひとつ。これにプレッシャーを感じている人も多いですよね。保護者対応を例にとり、実践方法をイメージしてみましょう。

たとえば、「園児Cちゃんがどうしてもほかの園児を叩いてしまうことに悩み、教育に失敗したかもと悩んでいる保護者Dさん」に、保育士E先生がナラティブ・アプローチ的な観点から対応した場合、こんな感じになるかもしれません。


D:「E先生、うちのC、どうしてもほかの子を叩いてしまうみたいで…ほんとうに申し訳ありません。あんな乱暴な子に育ってしまって、私は教育に失敗しちゃったのかしら…」
(ドミナント・ストーリーの発見)

E:「そうですか、教育に失敗したのかなとお悩みなんですね。それはおつらいでしょう…お仕事も大変な中、本当にご苦労なさっていると思います」

D:「ええ、ちょうど仕事が詰まっているところで。一緒にいる時間が少ないし、いろいろ我慢させてしまっていて、Cはそれで乱暴な子になってしまったのかなって…」

E:「お仕事でいろいろ我慢させてしまっていることをお悩みなんですね。そういえば、来週の牧場へのお出かけについて、Cちゃんはどんな様子ですか?」

D:「ああ、それはとっても楽しみにしています!目をキラキラさせながら、牛さんのお乳しぼるんだ!って何度も言ってます。あの子は動物や生き物が大好きで、小さなクモも殺さないし、ゴキブリを見ても『殺さないで!』って泣くぐらいなんです」

E:「そうなんですか!Cちゃんは生き物が大好きなんですね。来週のお出かけがCちゃんにとっていい気分転換になるといいですね。それにしてもCちゃん、ゴキブリさえ殺さないでって言うなんて、すっごく優しい子なんですね!驚きました」
(ユニークアウトカムの発見)

D:「そうですね、確かに生き物に対してはちょっとこちらが困るぐらいに優しくて、むしろはっとさせられるようなこともあります」

E:「そうですか!私もCちゃんを見ていて、日ごろから生き物への優しさは感じていましたが、ゴキブリまで殺すなと言うのは初めて知りました。なんか、ちっちゃなお坊さんみたいですね。ときどき何かのきっかけでお友達を叩いてしまうことはあるけど、根本はすごく優しい子なんですね
(オルタナティブ・ストーリーの強化)

D:「そうか、そうなのかもしれませんね。お友達を叩いてしまったあとも、本人はしばらくの間はじっこのほうに行ってメソメソ泣いてるって話をお聞きしましたが、もしかするとそれってすごく後悔してるのかもしれませんね」

E:「そうだと思います。Cちゃん自身、お友達を叩きたくて叩いてるわけでも、楽しんで叩いてるわけでもないんじゃないでしょうか。なにしろゴキブリも殺せない優しい子なんですから

D:「なるほどです…時間のない中で、お友達には優しくしようねとかいろいろ必死に言ってきたつもりですが、そういうのはちゃんと届いてたのかもしれない。それに、あの子は言われなくても自分で理解する力もあるのかもしれません」

E:「だと思います。Cちゃんはちゃんと大事なことをわかってる、優しい面もある子ですよね。Dさんは忙しい中、ちゃんと教育できてきたと、私は思いますよ」

D:「そうか、考えてみたことなかったですが、私も少しはちゃんとできてたのかな…ちょっと気持ちが楽になりました。Cを見るときの目を少し変えてみようと思います」


大事なのは、「相手を問題視しない」という立ち位置

実際には、同じようなケースでもうまくいくとはかぎりませんし、1回の会話の中でここまで持っていけるともかぎりません。

大事なポイントは、E先生が「Cちゃんは他の園児を叩いてしまう問題のある問題児」という「専門的な視点」をあえて捨てているところです。そしてE先生は、それと逆の「Cちゃんは優しいし理解力のある子」という物語を、Cちゃんを同じように問題視していた保護者のDさんから引き出すことに成功しました。

支援される側の人を問題視しない。問題だという視点自体を捨ててみる。この立ち位置のとりかたが、ナラティブ・アプローチの最も大事なところです。

この例でも、結果的にCちゃんが他の園児を叩くことをやめるようになるとは限りません。しかし、CちゃんとDさんの心は、「Cちゃんは問題児」という従来の視点で接せられたときよりもずっと楽になるでしょう。そして、こうしてCちゃんとDさんの行き詰まった心をほぐすことは、間接的にさまざまな状況をよくしていく方向に働くのではないでしょうか。結果、状況は少なくとも「現在よりも悪くならない」のではと思います。

従来どおりの支援の欠点を乗り越える

従来のカウンセリングやソーシャルワークの現場では、支援される人の「問題行動」に注目しすぎた結果、それがかえって助長されたり、出口のない状況に追い込まれていったりするケースも起きていました。

周囲のみんなから「不登校という問題を抱えた子ども」「他の子を叩く問題を抱えた子ども」という目で見られて、嬉しい子どもなんていないですよね。そうしたストレスが、さらなる問題行動を引き起こすきっかけになってしまうこともあります。「問題だ」という観点をまず捨てるナラティブ・アプローチでは、従来の方法のこうした欠点を乗り越えられる可能性があるのです。

編集者より

いかがでしたでしょうか。今回は、徐々にいろいろな対人援助職の分野で実践が広がっている「ナラティブ・アプローチ」の考え方についてお届けいたしました。

上に書いたような会話方法を日々きっちり実践することは難しいにしても、ぜひナラティブ・アプローチ的な考え方を心の隅に置いておいてみてください。きっと、出口の見えない難しい状況を打開するヒントになってくれますよ!

参考文献

保育のお仕事
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