「保育園落ちた日本死ね」というブログが話題となった2016年、ついに国が重い腰を上げました。安倍首相が保育士月給を約6000円アップする計画を発表したのです。これと前後して関連の話題のメディア報道は大きく増えました。「待機児童問題」や「潜在保育士」といった言葉が日本を飛びかっています。
潜在保育士の人数はどれくらい?増加し続けているのはなぜ?国はどんな対策を考えているの?疑問に思っている人も多いでしょう。今回は、厚生労働省による調査を中心とした詳細なデータ・資料をもとに、2016年6月時点での潜在保育士についての最新事情を徹底解明します。
潜在保育士とは
まずは、潜在保育士とはどんな人たちを指すのかについて確認しておきましょう。
潜在保育士とは、「保育士資格を持っているが、現在保育士として働いていない人」のことです。
彼らには2種類の人がいます。
- 現時点までに保育士として勤めたことがない人
- 保育士として勤めていたことがあるが、現時点で保育士として勤めていない人
どちらのタイプの人も、統計上「潜在保育士」として扱われます。
潜在保育士の人数
潜在保育士の人数は、2015年10月時点での厚生労働省の調査によるとおよそ76万人です。
保育士登録者数は約119万人、勤務者数は約43万人であり、潜在保育士(保育士資格を持ち登録されているが、 社会福祉施設等で勤務していない者)は約76万人
―保育士等に関する関係資料 – 厚生労働省(2015年10月)
上記の調査のグラフによれば、2006年の調査開始時点では37万人だったものが右肩上がりに増えつづけています。次の項で、なぜ潜在保育士が増えつづけているのかを考えてみましょう。
潜在保育士はなぜ増えつづける?
厚生労働省による「保育人材確保のための 『魅力ある職場づくり』に向けて(2014年8月)」によれば、潜在保育士が増えている理由として推測できるのは以下のとおりです。
不安を取り除くサポート体制が不十分
「保育士の仕事を続けたくない理由」についての質問項目では、
責任が重い、事故に不安がある
という回答がもっとも多くなっています。保育士の仕事は子どもの命を預かるものですから、こうした不安を持つ人が多くなるのもわかる気がします。不安を解消して有資格者の心を保育士へと向かわせるサポート体制の充実が求められます。
職場としての魅力が不十分
「保育士として再就職したくない理由」についての質問項目では、
就業時間が希望と合わない
という回答が最も多くなっています。
また、「保育士として働きたくない理由」についての質問項目のうち、職場環境について回答が多かったのは
賃金が不十分
休暇が少ない・とりにくい
でした。
保育士の仕事は社会にとってとても貴重ですし、やりがいのあるものですよね。しかし、自分をひとりの労働者として考えた場合、理想的とは言えない要素がとても多いのが保育士さんの職場なのかもしれません。就業時間、賃金、休暇…これらの条件は、保育士さんだけでなく、誰しもが働くときに妥協できない点だろうと思います。
保育士の必要性に関する広報が不十分
「保育士として働きたくない理由」についての質問項目のうち、保育士の必要性に関する広報が不十分なことによるものと思われる回答が多くなっていました。
他業種に興味がわいている
業務に対する社会的評価が低い
国側から社会全体に対して、「保育士という仕事はかけがえのない大事な仕事だ」という広報が徹底されることが望まれます。
「こうした状況が解消されれば保育士として働きたい」潜在保育士は63.6%
「不満な状況が解消されれば保育士として働きたい」と答えた潜在保育士は、63.3%でした。およそ6割ですね。
2015年時点での潜在保育士の数は76万人なので、仮に何もかもうまくいってこのうちの6割が保育士として勤めるようになったら、増える保育士の数はおよそ45.6万人です。いっぽう、次の項に詳しく書きますが、2017年までに増やさなければならないと言われている保育士の数は6.9万人です。
ですから、もし国の施策が100%うまくいくのでれば、保育士不足はすっかり解消してありあまるほどになる、ということですね。
保育士を増やすための国による試み(保育士確保プラン)
日本は2017年までに保育士を6.9万人増やさなければいけない
2015年1月の厚生労働省による調査によると、2017年までに新たに確保が必要になる保育士の数は6.9万人です。
国は、待機児童を減らすために立てている政策「加速化プラン」にもとづき、必要になる保育士を確保するための「保育士確保プラン」を提示しています。
加速化プランにおける40万人の保育の量の拡大に伴い、必要となる保育士の確保を図るための取組を推進し、平成29年度末までに、国全体として「46.3万人」の保育士を確保することを目標とする。なお、この「46.3万人」から、平成25年度の保育所勤務保育士数37.8万人及び平成29年度末までの自然増分2万人を差し引く等により算出した、新たに必要となる「6.9万人」(※)の保育士を本プランにより確保する。
―保育士確保プラン(2015年1月) – 厚生労働省
保育士確保施策の基本となる4本の柱
上の資料では、保育士確保プランの基本をなす4本の柱を提示しています。
1.人材育成:保育士資格をとろうと思う人・とる人の数を底上げして、母数を増やす
資格の取得をしやすくすることに加え、保育士の魅力を、中身・広報の両面から高める方法です。
○保育士資格を取得しやすくするための取組の実施
・幼稚園教諭免許状を有する者の保育士資格取得特例制度の活用
・雇用保険の被保険者等に対する厚生労働大臣が指定する指定保育士養成施設の受講費支援
・保育士修学資金貸付○保育士の魅力を伝え、保育士を目指す機運を醸成
・保育士資格を有しない未就業者の就業支援(就労訓練事業、公共職業訓練)
○国家資格としての保育士の専門性の向上
・学生への実践的実習促進や研修による現役保育士の育成強化
2.就業継続支援:現在保育士をしている人が保育士を続けられるようにして、数を確保
いま保育士をしている人に、辞めないですむような支援を強化する方法です。
○離職防止のための研修支援
・新人保育士対象研修
・保育の質の確保のための研修
・研修参加に伴う代替職員の確保
・離職防止のための研修等に係る助成の活用促進○就業継続を図るための各種助成金の活用促進
・労働環境整備を通じた職場定着のための助成金の積極的周知
・就業継続支援のための助成金の積極的周知
3.再就職支援:以前保育士をしていた人が再び保育士になれるようにして数を確保
以前保育士をしていた人がもう一度保育士になれる・なろうと思う支援を充実させる方法です。
○保育士・保育所支援センターの積極的な活用
・潜在保育士等に対する就職あっせんや相談支援の実施
・再就職前の実技研修 等○保育士マッチング強化プロジェクト
・ハローワークにおける保育士求人に対する求人充足 サービスの強化
・ハローワークと都道府県等との連携による就職支援
・「保育士職場体験講習会」(仮称)の実施
4.働く職場の環境改善:保育士のための職場環境を整えて、数を確保
職場環境を整えて、どのタイプの有資格者にも、保育士になること・であることへのモチベーションを上げてもらう方法です。
○雇用管理改善を図るための取組の実施
・管理者を対象とした研修
・好事例集、雇用管理マニュアルの作成・提供
・雇用管理状況把握のためのチェックリストの作成
・労働環境整備を図るための助成金の積極的周知○保育所等と保育士・保育所支援センターとの連携強化
以上の4本の柱は、少なくとも計画を読むかぎりではとても具体的で、あらゆる方面からのアプローチがなされているように思えます。これらが計画倒れに終わらず、きっちりと実践されることを強く望みます。
編集者より
いかがでしたでしょうか。潜在保育士の数、増えている理由、それに対する国の対策プランについてわかっていただけたかと思います。
待機児童問題は残念ながら、保育士さんの数を増やすだけで完全に解消できるような単純な問題ではなさそうです。それでも保育士さんが増えることによって、事態はかなり改善するでしょう。それに、もし国がこの記事に引用したような対策をしっかり実行するような態度でいてくれるのであれば、保育園新設などに対しても真剣に取り組んでくれ、待機児童問題根本解決の日が近づく気もします。
国が対応を終えることなく、誠実に取り組みつづけてくれることを祈ります。
参考文献・サイト
- 保育人材確保のための 『魅力ある職場づくり』に向けて(2014年8月)- 厚生労働省
- 保育士確保プラン(2015年1月)- 厚生労働省
- 「保育士資格を有しながら保育士としての就職を希望しない求職者に対する意識調査」 (2013年) -厚生労働省職業安定局
- 東京都保育士実態調査報告書 – 東京都福祉保健局(2014年3月)