-
*シリーズ「ハグペディア(Hug-pedia)」は、子どもを育む健康辞典を目指して、医療関係者などの有識者・専門家に、子どもの健康を守る・支える最新情報をお聞きする連載企画です。子どもの健康管理に役立つ情報を、さまざまな視点からご紹介していきます!
小児歯科の専門医!宮入千夏先生
今回お話をうかがったのは、埼玉県川越市にある「南古谷なみき歯科+こども歯科」の副院長であり、小児歯科専門医として子どもの歯の治療やケアを担当する宮入 千夏(みやいり ちか)先生。
小児歯科専門医とは、厚生労働省の認可を受けた、高度な小児歯科に関する専門知識・治療技術を持つ歯科医師のことで、約10万人いるという歯科医師のなかでも、その資格を持っているのは1200名ほど。
そんな小児歯科のスペシャリストである宮入先生に、今回は、乳幼児の歯磨きの大切さや保育園や家庭における子どもの歯磨き指導のポイントについて、教えていただきました。
宮入 千夏(みやいり ちか)先生について
◆宮入 千夏(みやいり ちか)◆
南古谷なみき歯科+こども歯科 副院長
小児歯科専門医
経歴
・明海大学歯学部 卒業
・昭和大学小児成育歯科学教室 勤務
・埼玉県内歯科医院にて勤務
・埼玉県川越市 愛和病院にて歯科検診、マタニティ歯科に従事
乳歯は噛む力・ 発語・歯並び、永久歯の質にまで影響する
ではまず、乳歯を虫歯のない健康な状態に保つことがなぜ大切なのか、確認していきましょう。
乳歯は子どもの成長過程に欠かせない!
乳歯は、子どもの発育に大きな役割を果たしています。その役割はただ食べものを噛むだけではなく、発語や心の発達にも影響をあたえるもの。
だからこそ、虫歯のない健康な状態を保つことは、子どもの成長にとって欠かせないことと言えるでしょう。
乳歯がしっかりと健康に生えていることで、子ども達は、しっかりと食べ物を噛む力を養うことができます。
よく噛むことは、消化・吸収をスムーズにするため、成長するために多くの栄養を必要とする子ども達にとって、「しっかりと噛める歯がある」ということが重要な役割を果たします。
食べものをしっかり噛んで味わうことで、子ども達の味覚が発達したり、食べものの好みが出てきたり……。「食べる楽しみ」を感じられる食事の経験は、子ども達の心の成長にも大きくかかわってきます。
乳幼児期は多くの言葉を習得していく時期です。その大切な時期に、乳歯が虫歯などで失われてしまうと、正しい発音ができずに、将来的に悪影響を与えかねません。
言葉を吸収していく時期に健康な歯が生えそろっていることは、正しく話す力を身につけるために非常に重要なことなのです。
乳歯の虫歯が永久歯に悪影響をもたらすことも
「いずれ永久歯に生え変わるから……」と軽視されがちな乳歯ですが、じつは乳歯が虫歯になることで、今後生えてくる永久歯の発育に大きな影響を与える可能性があります。
虫歯は、進行してしまうと歯の神経を伝って、歯根の先に病気を作ってしまいます。
乳歯の下には、すでに永久歯ができはじめているため、乳歯の根の先に病気ができてしまうと、永久歯の質や形が悪くなったり、病気を避けようと本来生えてくるべき場所以外から生えてきてしまったりすることもあります。
虫歯を放置していると歯並びが悪くなることも……
永久歯が正しい位置に生えるためには、乳歯がしっかりと「永久歯が生えるためのスペース」を保っていなければなりません。
虫歯で乳歯を失ってしまうと、永久歯が正しい場所に生えることができず、歯並びが悪くなってしまうこともあるため、注意が必要です。
また、いちばん早く生えてくる永久歯、「6歳臼歯」は、前にせり出すようにして生えてきます。そのため、歯と歯の間に虫歯ができて、隙間があいているような場合には、虫歯でできた隙間が押されることで埋まってしまい、永久歯の生える位置がずれてしまいます。
大人の歯を正常な位置に生えさせ、きれいな歯並びを作るためにも、乳歯は大きな役割を果たしているのです。
生後6ヶ月を目安に歯磨きへの下準備、「上の前歯」が本格的な歯磨き初め
ここまで、健康な乳歯を保つことの大切さをお伝えしてきましたが、乳歯の虫歯を防ぐためには、いつ頃から歯磨きをはじめたらよいのでしょうか。
生後6ヶ月ごろから「口の周りを触る」ことを
平均的には生後6ヶ月頃から下の前歯が生えてくることが多いですが、まずはこの頃になったら、歯が生えていてもいなくても、スキンシップの一環として口の周りを触ることに慣れさせておくとよいでしょう。
下の前歯が生えてきたら
下の前歯が生えてきたら、まずはガーゼや口内のふき取り用ウエットティッシュ、シリコンやゴム製の歯ブラシなど、やわらかいものから口に入れることに慣らしていきましょう。
下の前歯は唾液がたまりやすい場所で、この時期にはまだ甘いものの摂取も少ないため、虫歯にはなりにくいと言えます。
「しっかり磨く」ということよりも、まずは「口内に触れられることに慣らす」ことを意識するとよいでしょう。
上の前歯が生えたら本格的に歯磨きを!
上の前歯は、唾液で汚れが流れにくく、虫歯になりやすい場所です。上の前歯が生え始めたら、ガーゼなどから通常の歯ブラシに切り替えて、本格的に歯磨きをスタートする必要があります。
発達にあった歯ブラシ・歯みがき剤を選ぼう
では、子どもの歯を磨くとき、どのような歯ブラシを選んだらよいのでしょうか。ここからは、子どもの歯磨きに適した歯ブラシや歯磨き剤などの選び方のポイントを紹介します。
歯ブラシの選び方のポイント
歯ブラシは、かならず「本人磨き用」と「仕上げ磨き用」とを分けて用意します。歯ブラシを選ぶ際には、それぞれ次のことを意識して選ぶとよいでしょう。
・柄が短く太く、握りやすいもの
・ヘッドが小さいもの
・柄が細く長く、大人がペンを持つように握る(ペングリップ)際に持ちやすいもの
・ヘッドが小さいもの
・大人用のコンパクトヘッド歯ブラシではなく仕上げ磨き専用のもの
本人用も仕上げ用も、ヘッドは小さな子どもの口に入りやすいよう、小さなものを選びます。毛の固さは、「やわらかい」としなりすぎてしまって汚れがとりきれないこともあります。「ふつう」の固さを選ぶとよいでしょう。
ただし、歯が生える際に歯ぐきが膿んでしまったり、出血してしまったりして痛い場合には、毛がやわらかいものを選ぶようにしましょう。
取り替えるタイミングは……
本人磨き用の歯ブラシは、子どもが噛んでしまうことも多く、あっという間に毛先がひらいてしまいます。
ただ、歯磨きをスタートした段階では、本人磨きは汚れをしっかりと取るよりも、「歯磨きをする練習」の役割が強いため、ある程度毛先がひらいていてもあまり気にしなくて大丈夫です。
いっぽう、仕上げ磨き用の歯ブラシは、毛先が広がってしまったら新しいものに交換するようにしましょう。
歯みがき剤の選び方のポイント
子ども用の歯磨き剤には、フルーツなど子どもが好む味がついていることが多いです。それを一種の「お楽しみ要素」として、歯磨きに取り入れるのもよいでしょう。
ぶくぶくうがいができるようになるまでは、すすぎ不要の歯磨き剤や、ふき取りだけでよい歯磨き剤を使用するのがオススメですが、歯磨き剤は、適量で使用していれば、1回量を飲み込んでも大きな害があるものではありません。
ごく少量、味を楽しむ程度に使用するのであれば、通常の歯磨き剤を使ってもよいでしょう。
フッ素ジェル・スプレーはきちんと歯磨きをしたうえで!
薬局や子ども用品店では、強い歯を作る成分である「フッ素」が配合されたジェルやスプレーも販売されています。これらを使用する場合には、まず歯ブラシでしっかりと汚れを取り除いたうえで使うようにしましょう。
フッ素を塗ったら大丈夫……ではない!
虫歯ができる原因は、口の中にいる虫歯菌が食事のなかの糖を取り込んで酸を出し、その酸が歯を溶かしてしまうこと。
フッ素は強く丈夫な歯をつくるために役立つものですが、それだけで虫歯を防ぐことはできません。あくまでも「虫歯予防の基本は歯磨きである」ということを意識しておきましょう。
仕上げにはデンタルフロスを
乳歯の場合、歯と歯の間にある程度隙間があいているのが正常な状態です。しかし、近年は顎が小さい子どもが増えてきて、歯間が狭いケースが多く見られます。
となりあう歯同士がくっついて生えているようであれば、デンタルフロスを併用するようにしましょう。
デンタルフロスの選び方
フロスは仕上げを行う大人が使い慣れたものでOK。柄付きのものでも、糸だけのものでも構いません。糸のみのフロスの場合には、ワックス付きのものでも付いていないものでも、使いやすいほうを選ぶとよいでしょう。
フロスを使い慣れていない場合は、柄のついたフロスを選ぶと使い勝手がよくオススメです。柄付きのフロスの場合には、かならず子ども用のものを用意するようにしましょう。
正しい歯磨きを学ぼう!
では、ここからは実際に、どのように歯磨きをすればしっかりと歯の汚れを取ることができるのか、子どもの歯磨きのコツを紹介していきます。
基本はスクラッピング法で
歯磨きの基本は「スクラッピング法」とよばれる方法。歯に対して直角に歯ブラシを当てて、小刻みにブラシを動かしながら磨きます。
仕上げ磨きのポイントは?
仕上げ磨きをする際、座ったままだと上の歯が見えずに磨き残しができてしまいがちです。仕上げ磨きは子どもを寝かせた状態で行いましょう。
また、歯ぐきの境目や、ほほ側の奥歯の表面などは、ほっぺたや唇が邪魔になってうまく磨けないことが多いもの。歯ブラシを持っていないほうの指をつかって、ほほや唇をよけて、磨く部分がしっかり見えるようにしましょう。
ここに注意!子どもならではの歯磨きポイント
仕上げ磨きでは、とくに次のようなポイントに注意しましょう。
上唇小帯(じょうしんしょうたい)に要注意!
上唇と上の前歯の間には、上唇小帯(じょうしんしょうたい)とよばれるすじがあり、乳幼児の場合はかなり歯に近い部分までつながっています。
この上唇小帯は敏感な部分で、歯磨きがしにくい部分でもあるので、指で軽く押さえ、歯ブラシが直接当たらないように磨いてあげるとよいでしょう。
日によって磨く順番を変えて
毎日同じ順番で磨いてると、最後のほうになって子どもがぐずってしまうなど、どうしてもいつもうまく磨けない箇所ができてしまいがちです。
「今日は上の右の歯から」「今日は下左の歯から」など、日によって磨く順番を変えて、磨き残しのないよう工夫するとよいでしょう。
染め出し液で磨き残しのチェックを
ある程度子どもが大きくなったら、歯垢の染め出し液を使って、磨き残しを定期的にチェックするとよいでしょう。
ただし染め出し液は、染色がうすく、わかりづらい場合もあるので、歯科医師に相談のうえ、しっかりと染まるものを選ぶようにしましょう。
とくに磨き残しの多い場所はココ!
つづいて、とくに磨き残しが多く虫歯になりやすい箇所とその部分の磨き方のポイントをご紹介します。
とくに磨き残しが多い部分です。本人磨きでは「イー」っと口を横に広げて磨くこと、仕上げ磨きではきちんと頬を指でよけ、磨く部分をしっかり目視しながら磨くことが大切です。
歯垢が残りがちな奥歯の内側は、手首を回して歯の内側にしっかりとブラシが当たるようにして、細かく歯ブラシを動かして磨きましょう。
上下の噛み合わせの部分、とくに奥歯の溝は磨きにくいため要注意。溝の奥まで毛先が届くように、しっかりと歯ブラシを当て、細かく歯ブラシを動かして磨きます。
前歯の裏側は、シャベルのようにくぼみになっているため、磨きにくい場所のひとつです。歯ブラシを縦にして、かきだすように磨くことで、磨き残しを防止できます。
舌で押されてしまうことがあるため、磨き残しが多いです。他の歯を磨きつつ、舌の力が抜けたタイミングを見計らってしっかりと磨くようにしましょう。
保育園児でも、早い子は6歳臼歯が生えてくる場合もあります。生えたばかり、あるいは生えてくる途中の6歳臼歯は、横から歯ブラシを入れ、6歳臼歯だけを1本磨きで磨きます。
◆1本磨きとは◆
通常のスクラッピング法のように、ブラシを左右に動かして磨くのではなく、特定の歯のみに歯ブラシを縦に当てて丁寧に磨くことです。歯の表面だけでなく、咬合面や裏側などにもブラシを当て、磨き残しのないように磨きます。
歯の側面や噛み合わせ部分はもちろん、奥側にもしっかりとブラシを入れて磨くようにしましょう。
完全に生えきっていない歯は、他の歯に比べて毛先が届きづらく、磨き残しが多くなりがちです。かならず丁寧に1本磨きをして、歯垢や食べかすが残らないようにしましょう。
保育園での歯磨き指導のポイントは?
保育園では「本人磨き」が主体となりますが、その主な役割は「歯磨きを習慣づけること」と「歯ブラシを持って歯磨きの練習をすること」の2つです。
汚れをしっかりと落とすためのポイントを伝えながらも、できるだけ楽しみながら歯磨きができるよう、工夫しましょう。
1~2歳児の本人磨きのポイント
頬の内側や歯ぐきにブラシが当たって、肝心な歯をきちんと磨けていない場合が多いため、「歯ブラシが歯に当たるとシャカシャカ音がするよ」「シャカシャカ音が出るように磨いてみよう」と声掛けをしながら取り組みましょう。
また、「イー」と口を横に広げることが苦手な子が多いので、「“アー”と“イー”のお口で磨いてみよう」と働きかけましょう。
上の歯を磨くのには、少しコツが必要です。ブラシがうまく当たらないことがあるので、保育士さんは歯ブラシを持つ子どもの手を支えてあげ、上の歯にうまくブラシが当たるようにサポートしてあげるとよいでしょう。
3~5歳児の本人磨きのポイント
3歳頃になると、ある程度歯磨きに慣れてくるでしょう。ただ、まだ磨き残しが多いため、左右に少しずつ歯ブラシをずらしながら、磨き残しのないように磨く練習を補助しましょう。
具体的には、1~2本の歯にあたり10回など、磨く回数を決めて、左右に少しずつずらしていくようにします。慣れてきたら回数を15回、20回と徐々に増やしていくとよいでしょう。
【家庭との連携】こんな時は保護者にどうアドバイスする?
「子どもの歯磨きがうまくいかない……」と悩んでいる保護者は多いもの。相談を受ける保育士さんも多いのではないでしょうか。
ここからは、家庭と連携してうまく子どもの歯磨き指導をするために、保護者の悩みに沿ったアドバイスを紹介します。
◆忙しくて夜しか歯磨きができない
夜中に母乳やミルクを飲んでいる場合には、虫歯のリスクが高まるため、朝も歯磨きをするのが理想ですが、どうしても忙しい場合には、夜、寝る前の歯磨きをしっかりすることを心がけましょう。
眠っている間は、唾液の分泌量が減り、虫歯になりやすくなります。就寝前には、本人磨きだけでなく保護者が仕上げ磨きまでしっかりと行うようにしましょう。
◆歯磨きになかなか集中してくれない・嫌がってしまう
いつも笑顔のお母さんが、あまりにも真剣な顔つきになってしまうと、子どもも不安になってしまうものです。
歌を歌いながら、あるいはお話をしながらなど、気持ちをリラックスさせて取り組むことを心がけるとよいでしょう。
◆歯ぐきからの出血が気になる……
歯ぐきから出血してしまうため、怖くてうまく磨けないというケースもあるでしょう。歯ぐきからの出血は、多くの場合、汚れが歯茎に残ってしまって炎症を起こしてしまう「歯肉炎」です。
この場合、出血を怖がって歯磨きを避けているとよけいに汚れが蓄積してしまい、歯肉炎が治りにくくなってしまいます。
優しく丁寧に患部を磨き汚れを落としてあげるようにしましょう。
◆何歳まで仕上げ磨きをすべきかわからない
小学校の中学年くらいまで仕上げ磨きをしてあげるのが理想的でしょう。
保育園児でも、5・6歳になり自立心が出てくると、仕上げ磨きを嫌がることがあるかもしれませんが、できるだけしっかりと仕上げ磨きをすることが大切です。
就学後自立心が強くなってきたら、磨き残しの多い部分だけチェックするなど、工夫するとよいでしょう。
定期的な歯科健診で子どもの歯を守ろう
宮入先生:家庭では、歯医者さんの診療台のように口内を明るく照らしているわけではありません。そのため、磨き残しを完璧にチェックするということは、やはり難しいことでしょう。
定期的に歯科医師に歯磨き指導を受けることで、どこに磨き残しが多いのか、どんな磨き癖があるのかという確認ができます。
虫歯になってから歯科にかかるのではなく、ぜひ定期的に歯医者さんに行って、親子で正しい歯磨きのためのヒントを見つけてもらえれば、と思います。
編集者より
いずれ生え変わる乳歯とはいえども、子どもの歯は「一生もの」。今回宮入先生に乳歯の重要さをうかがい、本当に大切にしなくてはいけないものなのだということを、あらためて感じました。
今回ご紹介した内容は、たとえば6月4日~10日の「歯と口の健康週間」や、11月8日の「いい歯の日」などにあわせ、家庭へのおたよりの内容として、保育士さんが活用することもできるでしょう。
家庭はもちろん、保育園でも、ぜひ今回紹介した内容を活かして、子どもたちのよりよい歯磨き指導につなげていただければと思います。
◆南古谷なみき歯科+こども歯科についてはコチラ