「保育士さんが働きやすい環境を整備すること」こそが、待機児童問題の解消や、保育の質の向上への近道であり、ひいては子育てしやすい社会の実現にもつながる。
そんな信念を持って、自ら運営する保育園での取り組みをモデルケースにするべく奮闘する女性経営者がいます。
彼女の名は、宮村 柚衣(みやむら ゆい)さん。墨田区の施設型小規模保育事業所「ちゃのま保育園」を運営する、合同会社はひぷぺぽの代表であり、2人の子どもを持つお母さんでもあります。
今回は宮村さんが実践する「保育士の楽園Project」について、その内容や、取り組みにかける思いをうかがいました。
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*シリーズ「保育×経営」は、保育施設や保育関連事業などの経営者にインタビューを行い、新しい切り口から保育の情報発信をする連載企画です。
「保育士の楽園Project」とは?
――宮村さんが取り組まれる「保育士の楽園Project」とは、どのようなものなのでしょうか
「保育士の楽園Project」は、保育士さんが働きやすく、よりやりがいを持って働ける環境づくりを追求する取り組みです。
「保育士にとっての“楽園”となりうる職場って、どんな場所だろう……」
そのように考えたうえで、保育士さんが喜ぶことを実践していくという趣旨のもと、さまざまな取り組みを実践しています。
はじまりはフェイスブックで発信した「決意表明」
―――「保育士の楽園Project」に取り組もうと思われたきっかけは?
私は、2人の子どもが待機児童になってしまったことを機に、「ちゃのま保育園」を立ち上げたのですが、開園当初、保育についての知識不足や、経営者の視点で園の運営を考えていたことから、保育士さんとの間に深い溝が生じてしまったんです。
それが転機となり、従業員である保育士さんの満足を追求して、職場環境の改善に取り組んでいきたいと考えるようになりました。
【▼ちゃのま保育園についてのエピソードはコチラ】
保育士さんが笑顔で働ける職場をめざす
―――具体的にどのような環境改善に取り組まれてきたのでしょうか?
保育士の楽園Projectでは、次のようなミッションをかかげて、働く環境の改善に取り組みました。
- 法定人数以上の保育士の配置
- 就業規則の整備と遵守
- 保育士の声を聴く
- 保育士の自主性・自発性を大切にする
手厚い保育と多様な働き方を実現する人員配置へ
まず、園の人員配置を大きく見直しました。
ちゃのま保育園では、現在、園児(0歳~2歳)19人に対して、保育士さん10名が勤務しています。
施設型小規模保育所【A型】は、認可保育所の職員配置基準+一人の保育士を配置するよう定められていますが、ちゃのま保育園の人員配置は、それよりもさらに手厚くしています。
職員の人数を増やしたことで、時短勤務で働いたり、都合にあわせて有給休暇を取得しやすくしたりなど、ライフスタイルにあわせた、多様な働き方が選べるようになりました。
「子どもが小さいから遅番はできない」「小学校の行事に参加したい」「ペットが重病でそばにいてやりたい……」など、保育士さん一人ひとりが大切にしている「誰か・なにか」を尊重できることは、保育士さんが、いきいきと楽しく働くうえで、とても重要なことだと思います。
――保育士さんの人数が増えることは、子どもたちにとってもよいことですよね
そうですね、より一人ひとりに寄り添った保育が実現できるのも、職員配置を手厚くしたからこそ。
子どもや保護者にとってはもちろん、「子どものためによりよい保育を実践したい」と考える保育士さんにとっても、よい環境になっていると思います。
企業としての目標や園の方針を明確化
企業としてどんなことを目標に取り組んでいくのか、また保育園としてどのような理念・方針を掲げていくのか、ということも明確にしました。
ちゃのま保育園のミッションや保育方針は、個々の保育観のずれなどで、摩擦や衝突が生じないように、保育士さんと話し合いながら、約1年かけて設定したものです。
――現場で働く保育士さんとともに作り上げた、理念・方針なのですね
- 【ちゃのま保育園の展望~Vision~】
- 保育士が保育士として一生涯、楽しく働ける保育園。
- 【ちゃのま保育園の使命~Mission~】
- ・保育士が常に笑顔でいられるように、よりよい保育を目指せる人員配置。
- ・保育士が安心・安全に働き続けられるコンプライアンスの順守。
- ・保育士が密に会話し、保育士同士なんでも話し合える風通しのよい職場風土。
- 【ちゃのま保育園の保育方針~Policy~】
- 日常生活の中で自然に発達を促すことができる保育。
- 【ちゃのま保育園の道しるべ~Way~】
- 【園の雰囲気づくり】
①子ども、保護者と職員が密に関わり、家庭のような近い距離での保育を行います。
②安心・安全を前提に家庭的な保育を大切にしていきます。
③毎日の挨拶をしっかりし、明るい雰囲気づくりをします。 - 【子どもや保護者に対して】
④子どもの気持ちに寄り添い、言葉かけ、スキンシップを心掛け、子ども一人ひとりの個性に応じた対応をしていきます。
⑤子ども、保護者や職員に笑顔で接し信頼されることを目指します。
⑥子どもの気持ちが出せるようにじっくり待つことも大切にします。 - 【職員間の心がけ】
⑦職員同士が声を掛け合い、働きやすい職場を目指します。
⑧常に、他の職員のいい所を見つけ出し、言葉で伝えたり自分に取り入れたりします。
⑨どんなことがらも職員全体で共有し、職員全体で話し合い、報・連・相を重視します。
⑩思いやりを持ち、自ら率先して行動します。
保育士さんが働きやすい環境づくりを追求していくことは、園の方針のなかにも、しっかりと盛り込んでいます。
TOKYO働き方改革宣言企業にも認定!
また、ちゃのま保育園の運営主体である合同会社はひぷぺぽは、「TOKYO働き方改革宣言企業」として東京都から認定を受けています。
「TOKYO働き方改革宣言企業」というのは、従業員の長時間労働削減や、年次有給休暇取得促進などについて、実践していくことを宣言書に定め、積極的に取り組む企業のこと。
保育園の運営主体が認定を受けるのはめずらしいのですが、ちゃのま保育園が、保育士さんにとって働きやすい職場づくりを追及していくことを公言するためにも、意味のあることだと考えました。
――企業として働き方の改善に力を入れることが明示されていれば、保育士さんも安心して働くことができますね
保育士さんの声を大切にする
――制度や方針の見直し以外にも、積極的に取り組んできたことはありますか?
働きやすい環境を整えるうえで欠かせないのが、「保育士さん一人ひとりの声を聴く」ということです。
開園当初、保育士さんとの溝ができてしまった際には、ひたすら保育士さんの不安や要望をヒアリングしました。
「どんなことが不安なのか?なにを求めているのか?」それがわからなければ、保育士さんにとってよりよい環境を整えることはできないですから……。
――しかし、すべての要望や意見を聞き入れるのは大変なのでは?
保育環境の改善や物品の購入など、予算の関係で、すぐには実現できないこともありますが、保育士さんが出してくれた要望や改善提案は、時間がかかっても叶えるようにしていましたね。
保育士さん一人ひとりの自主性・自発性を大切にする
また、保育士さん一人ひとりの得意なことや、「やってみたい!」という気持ちを大切にしています。
働く環境を改善していくと、ベテラン保育士さんが、手作りのおもちゃをたくさん作ってくれたり、イベント大好きな保育士さんが、楽しい行事プログラムを提案してくれたり、「もっと保育のことを学ぶ機会がほしい」という声があがったり……保育士さんの積極性や自発性がより発揮できるようになっていきました。
ちゃのま保育園では、そんな保育士さんの自主性を尊重し、それぞれ得意なことや、好きなことを活かしながら、活躍できるようにしています。
情報発信が保育士さんの「誇り」につながった
――「保育士の楽園Project」を続けるなかで「変わったな」と感じることはありましたか?
「保育士の楽園Project」をはじめて1年ほど経った頃、ちゃのま保育園の保育士さん達が「うちの園は手厚い保育を実践している」ということを、誇らしげに口にしてくれるようになりました。
園の取り組みを世の中に向けて発信していたことが、保育士さんの「誇り」や「自信」にも繋がっていたんですね。
これは私にとっても、驚きであり、とても嬉しいことでした。
「大事にされること」は誰だって嬉しい
――そのような変化が生まれたのは、なぜだと思いますか?
人って認められて大切にされると、やっぱり嬉しいものなんですよね。
「保育士の楽園Project」では、「保育士さんの笑顔を一番に考え、職場環境を改善する」と公言して、取り組みを進めてきました。
「自分は大事にされているんだ」ということが、目に見える形でわかる。それが保育士さんたちの喜びや自信、自己肯定感を高めることにつながっていたんだと思います。
「保育士の楽園Project」が生み出すサイクル
――決意表明としてはじまった「保育士の楽園Project」が、さまざまな面で成果を出しはじめたのですね
「保育士の楽園Project」の取り組みを続けることで、保育士さんがより自信と誇りを持って働けるようになる。すると、前向きなエネルギーが生まれて、それがよりよい保育につながっていきます。
そして、質の高い保育を実践するなかで得られた経験は、さらなる自信となって保育士さんのなかに蓄積される……。
「保育士の楽園Project」が、そんな好循環を生み出していることに気付いて、「この取り組みをもっと発信していこう!」と思うようになりました。
保育士さんのスキルとノウハウを形にしたい
――「保育士の楽園Project」をさらに発信していくために、新たなチャレンジもされたそうですね
あるとき、保育士さんが手作りしたおもちゃに、子ども達が夢中になるのを見て、「保育士さんの持っているスキルやノウハウを、なにか形にして世の中に発信できないだろうか……」と思ったんです。
そんな思いがきっかけで、モノづくりという、まったく新しい取り組みがスタートしました。
「保育士さんの“働く原動力”とはなにか」を考える
――商品開発は、一見すると保育士さんの職場環境の改善とは直結しないようにも思えますが、どのような思いがあったのでしょうか
昨今、「保育の質」に大きな注目が集まり、保育士さんはよりよい保育を実践するために、日々学び、努力をしています。
しかし、どんなに頑張って保育の質を高めても、必ずしもその努力に比例して、保育士さんのお給料がアップする訳ではありませんよね。
ならば、そんななか、どうすれば保育士さんが「質の高い保育」を目指して、前向きに働けるのか……。
私は、保育士さんのモチベーションを高めてあげることがとても重要だと考えています。
保育士さんのスキルやノウハウをが詰まった商品がたくさん売れるということは、つまり、保育士さんの持つ知識や技術が高く評価されているということ。
自分の能力や努力に対して、よい評価を受けられることで、自信や誇りを持って働くことにつながるのでは、と思いました。
保育士のスキルやノウハウが、世の中から高く評価されるものであることを「目に見える形」にしたい。
そして、保育士さんが、より自信とやりがいをもって、前向きに働けるようにしたい……。
そんな思いからスタートしたのが、この「モノづくり」だったんです。
保育士さんの「受容の心」をカタチにしたい……
――はじめてのモノづくりには、苦労することも多かったのでは?
はじめは、子ども達に人気だった手作りおもちゃを、商品化できないかと考えました。でもコスト面などで課題が多く、行き詰まってしまったんです。
「保育士さんのスキルとノウハウってなんだろう……」
「世の中に求められているのは、どんな商品だろう……」
突き詰めて考えるなかで、ふと目に留まったのは、保育士さんが、保護者の不安に寄り添ったり、親身になって話を聞いたりする……そんな、ちゃのま保育園の日々の光景でした。
――日ごろ保育士さんが実践する「保護者支援」がヒントになったのですね
ちゃのま保育園は、保育士と保護者との距離が近く、送迎の際に、保護者が子育てについて保育士さんに相談をする光景もよく見かけます。
保護者の気持ちを受け止めて、あたたかい言葉をかける……そんな保育士さんの“受容の心”を形にすることができれば、保育士さんのスキルやノウハウを発信することができるのではないか……。
そんな考えがきっかけで、開発することになったのが、子育ての悩みに寄り添う日めくりカレンダーでした。
苦戦した、保育士さんのスキルとノウハウの言語化
――具体的に、どのように開発を進めていったのでしょうか
まず、アンケートや保護者との懇談会で、子育ての悩みを収集し、「遊び食べがひどい」「公共の場所で騒いでしまう」など、多くの保護者が直面している悩みを、リストにしました。
そして、ちゃのま保育園の保育士さんたちに、アドバイスを書いてくれるよう、お願いしたんです。
――保育士さんのアドバイスはスムーズに収集できましたか?
いつもは、保護者に対して、めちゃくちゃステキな言葉をかけている保育士さん達ですが、そのスキルやノウハウを「言語化する」というのは、難しい作業でした。
日ごろの保育のなかではすんなりと出てくる対応方法や言葉が、リストを前にするとうまく表現できないんですね。
だから事務の得意な保育士さんにヒアリングしてもらったんです。
「ほら、〇〇先生、この間あんなステキなことを言っていたじゃない!」って。
そうして、保育士さんのスキルやノウハウを、一つひとつ言葉にしていきました。
自分たちの努力が「カタチになる」という喜び
そうして生まれたのが『心がふわっと軽くなる ちゃのま保育園の大丈夫!カレンダー』です。
『大丈夫!カレンダー』は、日めくり式の万年カレンダーで、子育てに関するさまざまな悩みに対し、保育士さんからのひとことや、役立つアドバイスなどが記されています。
――保護者にとって、心の拠り所となるようなステキなカレンダーですね!保育士さんの反応はどうでしたか?
やはり、自分たちのスキルやノウハウが商品として形になるのは、うれしいこと。保育士さんも喜んでくれました。
いっぽうで、「代表!卓上で使うんだから、台紙がなくちゃダメじゃないですか!」なんてお叱りもあって(笑)。商品の改善にも一役買ってくれました。
保育士さんに「もっと自由な働き方」を!
――実際にモノづくりに挑戦してみて、どんなことを感じましたか?
「保育士の楽園Project」における商品開発は、とても「夢がある」取り組みだと感じました。
保育に力を注いできたことが、カタチとなって、新しい事業が生まれる。そうすれば、保育士さんに新たな活躍の場を提供することもできるでしょう。
モノづくりのいちばんの目的は、保育士さんの自信や誇りにつなげることですが、収益があがれば、保育士さんのお給料をアップすることにもつなげられます。
また、今後、時短で収入が減ってしまった保育士さんに、商品開発を手伝ってもらい、その分手当を付与する、子育て中の保育士さんの知識と経験を、育児に関するモノづくりで発揮してもらう……など、個々の保育士さんの「特徴」「特性」にあった活躍の場を提供し、保育+αの「より自由な働き方」を提案することもできるかもしれません。
――保育士さんの働き方の概念を覆す……「保育士の楽園Project」におけるモノづくりは、そんな可能性にあふれた取り組みなのですね。
次は育児ノートを作ってみたい
――新しい商品開発の計画はありますか?
次は、保育士さんのアイデアをもとに、開発する商品を検討したいなと思っています。具体的には、育休から復帰した保育士さんから提案があった、育児ノートを作ってみたいですね。
まだ企画前段階ではありますが、保育士さんからは、「代表!育児ノートを作るなら、靴の選び方のアドバイスを載せてください!」なんて、積極的な意見も出ているんですよ。
「保護者にこんなことを伝えてあげたい……」そんな保育士さんの思いの詰まったノートが作れたらいいなと思いますね!
今の保育は「保育士の良心」のもとに成り立っている
――最後に、保育士さんの働きやすさを追求されてきた立場から、今の保育現場のあり方について、お考えをお聞かせください
今の保育の現場は、保育士さんの良心のもとに成り立っていると言っても、過言ではないと思います。よりよい保育を目指して保育士さんが努力することに対して、手当がつかないこともとても多い。
「子どものため」に通常以外の仕事もやってくれ、休みは極力取らないでくれ、年度途中で辞めないでくれ……。
「子どものため」という言葉は、運営側が保育士さんを従わせるための常套句になっていますが、それは本当に子ども達の笑顔につながっているのでしょうか。
それは保育士さんの良心の「搾取」にほかならないと、私は思います。
保育士さんの心が満たされていなければ、子ども達の心を満たしてあげることはできません。だからこそ、不当な良心の搾取に対して、保育士さんが「NO!」と言えるようにしなくてはならないと思います。
「保育士の楽園Project」では、保育士さんの個性や、多様な働き方を尊重できるように、そして保育士さんが、より自信と誇りを持って働くことができるように、さまざまな取り組みをしてきました。
それらの取り組みは、保育士さんが「NO」と言える環境を整えるためのものでもあります。
まだまだ道半ばの「保育士の楽園Project」ですが、ちゃのま保育園のチャレンジがロールモデルとなって、他の園の労働環境改善にも役立っていけばいいなと思いますね。
――貴重なお話、ありがとうございました!
編集者より
待機児童問題の解消を目指しながらも、「保育士不足」という大きな課題に直面している現在の日本。その解決の手段として、国や行政が推進するのが「処遇の改善」です。
たしかに、給与をアップすることや、キャリアアップのしくみを整えることも、保育士さんが笑顔で働くために欠かせない要素でしょう。しかし、今回、宮村さんにお話をうかがって「それだけでは不十分である」ということを強く感じました。
保育士さんにとって働きやすい環境というのは、どの園でも同じということはなく、園の規模、保育士さんの年齢層、運営の仕方などによって、さまざまのはず。
それぞれの保育園の経営者は、「お給料を上げたらそれでよし」と考えるのではなく、きちんと課題を把握し、改善に力を注ぐこと、そしてなによりも「保育士さんを尊重する姿勢」を持つということが必要なのではないでしょうか。
次回は、ちゃのま保育園で働く保育士さんにスポットを当て、じっくりお話を聞いていきます!
※この取材記事の内容は、2018年11月に行った取材に基づき作成しています。
◆ちゃのま保育園についてはこちら。
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