離乳食をはじめてしばらく経つと、食べものを手でぐちゃぐちゃと混ぜてみたり、床に落としてみたり、スプーンでお皿を叩いてみたり……そんな「遊び食べ」とよばれる行動がみられるようになってきます。
これらの行動に頭を悩ませたママやパパ、保護者から相談を受けた経験のある保育士さんも多いのではないでしょうか。
「お行儀が悪いからどうにかしてやめさせなくては……」「いったいいつまで続くの?」と、大人にとって悩みのタネとなりがちな遊び食べ。しかし、じつはこの遊び食べも、子ども達にとっては大切な成長のステップのひとつです。
今回はmamaful代表で管理栄養士の隅 弘子(すみ ひろこ)さんに、遊び食べの適切な捉え方や、保護者の負担を軽くする対処法を教えていただきました。
保護者へのアドバイスに悩む保育士さんはもちろん、子育て中のママ・パパもぜひ参考にしてみてくださいね!
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*シリーズ「しあわせ食育教室」は保育園における食育実践のポイントや、日々の保育に楽しく「食」を取り入れるためのヒントをご紹介する、連載企画です。
「遊び食べ」は大人のフィルターによって定義づけられるもの
「遊び食べ」とはどのようなことを示すのか、気になる方も多いことでしょう。
一般的には、
というようなことが「遊び食べ」と呼ばれていますが、明確な定義があるわけではありません。
大人はこれらを自分たちの価値観にもとづいて「遊び」と分類してしまいますが、じつは子ども達の発達段階においては、ごく自然にあらわれる行動の一種です。
保護者としては、「すぐにやめさせなくては」と躍起になったり、「しつけが行き届いていないのでは……」と落ち込んだりしてしまいがちですが、まずはそれも子どもにとっては大切な成長過程であると認識することが大切です。
遊び食べは必ずしも悪いものではない!
大人は、自分達の価値観のフィルターを通して「食事に適さないふるまい」に該当するものは「正すべきもの」「いけないこと」と捉えがちです。
たとえば、ごはんを手でぐちゃぐちゃとこねていたら「食べものはねんどではありません!」と叱ってしまいますし、飲みもののなかにおかずを沈めていれば「なにをやっているの!」と声を荒げてしまう。
このように、大人の食生活のテンプレートに当てはまらないものは、「遊んでいる」と評価し、「ダメ!」と言ってしまうケースが多いのです。
しかし、子どもにとってそれらの行動は好奇心にもとづく探索行動の一種です。
楽器のように食器をスプーンなどで打ち鳴らしているときに、大人はつい「お行儀が悪い」「食事中にやってはいけないこと」と思ってしまいますが、子どもにとっては「叩くとどうなるのかな?」「どんな音が出るんだろう……」という好奇心から生じた行動。
目の前の食べものや食器に興味を抱いて、一生懸命「試している」段階なのです。
大人は「遊び食べ=ダメ!」と決めつけるのではなく、そういう時期にある子どもの姿を認め、「試しているのね……」と見守りながら支援する姿勢も時には必要でしょう。
遊び食べはなぜ生じるの?いつまで続くの?
個人差はありますが、遊び食べが生じやすいのは、離乳食が始まり、離乳食後期とよばれる1歳前の頃から、おおよそ3歳になるくらいまでと言われています。
ではなぜこの時期に遊び食べが生じてしまうのか、それには乳幼児期特有の発達段階が関係しています。
0歳から2歳くらいの発達段階は、スイスの心理学者ピアジェ(Jean Piaget)によれば、「感覚運動期」に位置づけられています。
ピアジェの提唱する認知発達理論における発達過程のひとつ。おおよそ0歳から2歳までを示し、感覚と運動器官の発達を通じて外界を理解していく段階とされています。
自ら積極的に外界に働きかけていくことによって、自分を取り巻くものごとに対する知識を蓄え、次第に予測的行動がとれるようになっていきます。
この発達段階における子ども達は、五感をフルに使って、全身でさまざまなことを学んでいきます。まだ大人のように「ものごとを目で見ること、頭で考えることで理解し判断する」という段階にはいたっていません。
「触ってみたら熱かった」「やわらかい感触だった」という、体験を通じた学びから、「この食べものは〇〇なもの」という理解を進めている段階なのです。
遊び食べが生じることは、子どもの発達段階においては、ごく自然なことと言えるでしょう。
だからこそ子どもにとっては、おもちゃと同様に食べものも好奇心の対象になるのです。
「やってみたい」を行動に移す時期でもある
また、この頃の子ども達は、周囲の観察を通じて、さまざまなことにチャレンジする時期でもあります。
食事に関して、大人や保育園のお兄ちゃん・お姉ちゃんが、自分一人で食事をしている姿を見て「僕/私もやってみたい」と思うようになります。
しかし運動機能もまだ発達途上にある時期ですから、いきなり上手にはできません。
そのためこぼしたり、それを手で拾おうとしてテーブルに塗り広げてしまったり……大人はそれらを「遊び」と捉えてしまうのでしょう。
「遊び食べ」には2つのパターンがある
ここまで、遊び食べの要因のひとつとして、子どもの発達段階と好奇心が関連していることをお伝えしてきましたが、じつはもうひとつ、遊び食べを生じさせる要因が考えられます。
その要因とは「試し行動」。いままでの経験から「こうしたらママやパパ・保育士さんが自分に注目してくれる」「自分のことを構ってくれる」と学習した子どもが、周囲の大人の気を引くためにわざと大人が困るような食行動をとる、あるいは悪い行動とはわかっていながら、「そんな悪いことをしても自分のことを受け入れてくれるのか」を試す愛情確認行動をしているというパターンです。
食べ遊びの要因としては、大きく分けて「子どもの好奇心にもとづく行動」と「試し行動」の2つのパターンがあることを認識し、その要因ごとに適した対応方法を検討することが大切です。
遊び食べの上手な対処法とは?
では、子どものこういった遊び食べ(探索行動・試し行動)に対して、ママやパパ、保育士さんはどのように対処すればよいのでしょうか。
ここからは具体的な対処法を紹介していきます。
適切な食の習慣を身につけるには「練習」が必要
子どもの食生活の発達には、多くのステップがあります。母乳やミルクを飲んでいるだけだった赤ちゃんが、離乳食をスタートし、やがて手づかみ食べをするようになります。
手づかみ食べの段階から上手に食事ができるようになるまでには、小さなステップをいくつもクリアして、経験を積んでいかなくてはなりません。
適切な行動を身につけるには練習期間が必要なので、食事においても遊び食べ=食における探索行動を通じて体験を積み重ねていく必要があるということを、心に留めておきましょう。
どこまでできるかを観察しよう
子ども達に対して適切な支援を行うためには、発達の度合いをきちんと理解しなくてはなりません。
たとえば、スプーンを持ちたがるけれどまだうまく口に運べない子と、スプーンはもう上手に使いこなせるのにわざと食べものを落とす子とでは、その対応は大きく変わってくるでしょう。
子どもの食事の様子を観察し、どこまでその子ができるのか、どの部分に課題を持っているのか、見極める必要があります。
なぜ「ダメ」なのかをきちんと伝えよう
たとえば、食べものを床に落とすという行動が繰り返し見られる場合には、ただ「ダメ!」と叱るのではなく、なぜいけないのかをきちんと伝える必要があります。
①食べものは床に落とすものではありません(冷静に伝え、正しいふるまいをシンプルに見せる)
②食べものを落としてしまったからもう食べられなくなってしまったよ
③食べものを落としたら、床を拭かなければいけないよ
④〇〇ちゃんに食べてもらいたかったのに、かわいそうだなぁ……
ただ「ダメ」と否定するのではなく、②の例のように、子どもの「食べたかったのに食べられなかった」という経験を言語化してあげる、また①や③の例のように、落としたあとどうするのかを教えるようにするとよいでしょう。
また、食べものを落とすという行動に対して、周囲がどのように感じるのかを言葉や表情で伝えることも、「なぜいけないのか」を理解させるひとつのきっかけになるでしょう。
おなかが空かなければ食べない!
当たりまえのようで意外と見落としがちなのが「おなかが空かなければ食べてくれない」ということ。
空腹でない状態で食卓に向かわせれば、子ども達は目の前の食べものよりも自分自身の関心が高いことに興味がそそられるため、料理を食べようという気持ちになれないこともあります。
時計を見て食事の時間を決める大人と、腹時計によって食事の時間が決まる子どもとでは、感覚が大きく異なるもの。
空腹感を感じてはじめて「食べるスイッチ」が入る子どもの感覚にも留意したうえで、食事の時間を見直すことも必要でしょう。
おやつの内容を見直してみよう
たとえば保育園の場合、保護者の帰りが遅くなった際など、帰宅途中や食事を用意するあいだの空腹しのぎとして、子どもにおやつや軽食を与えるケースがあるでしょう。
しかし、おやつや軽食の内容によっては、それでおなかが満たされてしまい、食事の時間に集中できない要因となりかねません。
間食を与える場合には、甘いお菓子や、バナナなどのエネルギーが高いものは避け、海苔や野菜類などに変えるとよいでしょう。
また、おにぎりやスティックチーズなど、腹持ちのよい食品を間食として与えた場合には、「分食(ぶんしょく)」として考え、夕食の内容を軽くするなど、全体的な栄養バランスを考えて調整しましょう。
保育園の給食やおやつの際は……
保育園の場合、給食やおやつなどはある程度決まった時間に与えられることが多いもの。
もしもその際に食事になかなか集中できないようであれば、いったん食事を中断してみてもよいでしょう。
支援に集中できる環境づくりを
食器が倒れやすく中身をこぼしやすい、落ちると割れてしまうガラスや陶器を使った食器を使用している、汚れやすい布製のランチョンマットを敷いているといった場合、食事の支援よりも食べ遊びによって汚れたり、食器が破損したりした際の跡片付けに大人の手がかかってしまうことがあります。
まだ一人できちんと食事ができないうちは、デザインよりも機能性を重視して食器や食具などを選ぶとよいでしょう。
上記の工夫だけでも、汚れの防止や後片付けの手間の軽減に役立つはずです。
また、使い捨てのウエットティッシュやキッチンタオルなどをあらかじめ用意しておけば、汚れた際にも手早く対処できます。
家庭の場合には汚れることを見越して、入浴の準備を整えておくと、ストレスを軽減しつつ子どもの食事に向き合うことができるでしょう。
大人を困らせたくてやっている場合には……
「試し行動」として、食事中にわざと大人が困るような行動をしていると考えられる場合には、愛情を伝える言葉かけの回数を増やす、抱きしめるなどのスキンシップを多くとるようにするなど、日ごろの生活における工夫が必要でしょう。
また、あえて好ましくない行動には関心を示さずに淡々と対応するのもひとつの方法です。その場合、適切な行動がとれた際にはしっかりと褒めてあげることを心がけましょう。
保育園での対応方法や様子は家庭と共有して
保育園では上手に食事ができているにもかかわらず、家庭では遊び食べをしてしまうというケースもあります。
保護者は、保育園でも遊び食べをしているのではないかと心配したり、家庭で与える食事の内容に問題があるのではないかと思い悩んでしまったり……大きなストレスを抱えてしまいがちです。
その場合には、保育園で子どもができたことを保護者にきちんと伝えるとともに、園で食事の際に実践していることも共有するとよいでしょう。
また、保護者から相談を受けた際には、家庭での食事の様子を聞く、間食の有無や内容を聴取するなど丁寧なヒアリングを心がけ、なにが原因なのか、どのように対応したらよいのかをいっしょに考えるようにしましょう。
遊び食べをしないことが心配な場合は……
発達段階において多くの子どもたちが行う「遊び食べ」ですが、手が汚れることを嫌うなどの理由からまれに遊び食べをまったくしない子もいます。
手づかみで食べたり自分でスプーンを握って食べたりしようとせず、そのことを不安に思っている保護者もいることでしょう。
そのようなケースには、子どもが「自分で食べてみたい」と思えるような工夫をするとよいでしょう。
子ども一人ひとりの発達のステップは異なる
ここまで「遊び食べ」に対する具体的な対処法を紹介してきましたが、子どもの発達には大きな個人差があります。「できる」「できない」の線引きを、年齢などで単純に区切ることはできません。
発達の過程を階段に例えるならば、今いるステップから次のステップに進むまでに、とても時間がかかる子もいれば、あっという間に次のステップに進んでしまう子もいます。
発達の階段の形状は、私たち大人が想像するような、すべて同じ幅・同じ高さのものではなく、1人ひとり形が異なるものであるということ、そしてそのステップの幅(ひとつのことができるまでに必要な期間)を小さくするためには、大人の適切な支援と多くの経験が必要なことを理解したうえで、子ども達に向き合うことが大切です。
リミットではなく目標を設けよう
おおよそ3歳くらいまで続くとされる「遊び食べ」ですが、3歳になったら必ず遊び食べをしなくなるというものではありません。
「3歳までにはなんとしてもやめさせなくては……」と考えることは、ママやパパ・保育士さんにとって大きなストレスになり、負担を増幅させてしまいます。
先にお伝えしたとおり、発達には個人差があります。3歳を遊び食べ卒業の「リミット」と考えるのではなく、あくまでも「目標」と捉え、子どもが経験を通じて学ぶ機会を、それまでにたくさん設けてあげるようにしましょう。
「遊び食べ卒業」はどんな子にもかならず来る
子育て中のママやパパにとっても、多くの子ども達の育ちを支える保育士さんにとっても、子どもの遊び食べは頭を悩ませる課題であり、その期間が長引く場合には、不安も大きくなってしまうことでしょう。
しかしどんな子どもでも、成長のステップをのぼっていったその先には、かならず遊び食べを卒業する日が待っています。
「いったいいつになったら終わるんだろう」と途方に暮れてしまうこともあるかもしれませんが、大人の適切な援助や見守る姿勢は、子ども達の歩みを一歩一歩前に進めてくれるはず。
いつか来る「遊び食べ卒業」に向けて、ある程度気長に、そしてあたたかいまなざしを持って、子ども達に向き合っていけるとよいですね。
編集者より
「遊び食べ」はいわば「お試し食べ」をしている期間であり、成長の過程において多くの子どもが通る道だと話してくれた隅さん。
行儀を重んじる私たち日本人にとって、遊び食べは「悪いこと」とだけ写ってしまいがちですが、子どもの育ちにとっては、欠かすことのできない大切なステップのひとつである……その大切な捉え方を、今回あらためて教えていただきました。
ここで紹介した内容が、多くの保育士さんや、子育てに悩むママ・パパ、そして成長の過程にある子ども達の育ちに役立つことを願って……。
隅 弘子(すみ ひろこ)さんについて
・管理栄養士/こども成育インストラクター食専科ディレクター
・母子栄養指導士
相模女子大学学芸学部食物学科管理栄養士専攻を卒業後、集団給食・FC展開支援・外食産業、グルメ探訪などの業務に携わる。30才を前に、より食のことを本質的に学びたいと本格的に学び直す。
その後、自身の妊娠・出産を機に「子育てを自己のキャリアとして積むことができる」と確信。2013年より、「ママの笑顔がいっぱい(ful)な世の中になりますように」という思いから、mamaful(ママフル)を立ち上げる。
現在はフリーランスの管理栄養士として、セミナーでの講演や、子育て支援施設での栄養相談を担当するほか、母と子の食事に関して、アドバイスできる人材を養成するための講座において、講師を務めている。
- 【主な講座】
- 一般社団法人 日本こども成育協会
・こども成育インストラクター - 一般社団法人 母子栄養協会
・妊産婦食アドバイザー
・幼児食アドバイザー
・学童食アドバイザー 他